ふーか、俺は幸せだ!

湯野叶

第1話 終わりと始まり

 ちょっといじりやすそうだから、でいじり・いじめが起こる小学校時代で、俺もその被害者の1人だった。


 いや、ちょっとデコが広いからとか、ちょっとヒョロいからとかを軽く言われるのは、コミュニケーションとして(あまり良くないけど)まああり得る。

 でも今思うとちょっとひどかった。

 四六時中ハゲだのもやしだの言われ、それに愛想笑いや虚勢を張って「なんだよ!」と凌ぐ毎日は人に興味を失う十分な原因だった。


 


 そんな中でもありえないくらい優しくしてくれた子がいた。

 まあ他の人と接するのと同じように、普通に接してくれていただけなのだろうが、そんな相手は周りにいなかったからその子とのやりとりだけが心の癒しだった。

 お互い引っ込み思案で、主にメールでのやり取りだったが、害意のない言葉での日常会話が心地よかった。

 それに時々話しかけてくれる柔らかで溌剌とした、無邪気な声がとても可愛くて、他の人と話す時には付けていた仮面がその時だけはスッと外せるようになっていた。

 そしてそんな幸せなひと時をくれる彼女に自然と興味を持ち、だんだん惹かれていった。


 初恋だった。


 好きな子なんておぼろげで、それでもその手の話で盛り上がっていたかわいいかわいい小学校高学年の頃に、からかわれたくない、大切にしたい、と初めて思った恋をした。


 


 それからは、それはもう楽しかった。

 どんなメールを返そうか、と考える時間が数ヶ月前よりも何倍にも増えた。

 席替えではその子の隣になれますようにと祈ってみたりもした。

 隣にほんとに慣れた時は天にも昇る気分だった!

 話す機会も増え、話の節々から感じるその優しさに夢中になっていった。




 ある日いつも遊んでるグループにその子もいた。

 その日の遊びは、だだっ広い公園の一角で、バレーボールをトスで他の人にパスして地面に落とした人は好きな人に関するヒントを言う、というものだった。

 この手の罰ゲームは流行っていたので誰のことを好いているのか、すでに知っている人もいたが、それは言わないお約束で、グループ全体にバレるかもしれないという刺激を幼いながら味わっていた。


 そしてついに俺がボールを落としてしまった。

 本人がいるのにバレるわけには行かない。

 どんなヒントで乗り越えようか、と思っていた矢先、リーダー的存在の子がからかう気満々で


「じゃあ罰ゲームで好きな人言いな〜」


とあからさまにニヤニヤしながら一言。

 周りもそれを聞いて誰も止めることもなく、孤立感と秘密を暴かれるかもしれないという危機感に突如襲われ、パニックになりながらも、


「...は?いや、いうのはヒントだけやろ?無理に決まって」

 言い切る直前にリーダーっ子から

「へぇそうなんや。じゃあ代わりに言ってあげる!こいつの好きな人って...」


 ちょっといじりやすそうだから、でいじられるというのが子供にはよく起こってしまう。

 だから止めどころがわからず行き過ぎてしまうことがある。


 そんな無邪気な悪魔の標的になるという形で、ささやかで幸せな日常は終わった。

 もうどうすることもできないという行き場のない怒りをボールに目一杯込めて主犯にぶつけ、そのままそこから逃げるように去っていった。




 告白する前に他人に初恋を終わらせられた絶望感と、あの時はっきりと告白しとけばよかったなぁという後悔を小さな背中に背負いながら帰った、枯葉の落ち切った帰り道。

 諦めきれない俺の頭の中で、ふと、


『いや待て。

 まだ彼女の答えを聞いていない。

 まだ終わってないかもしれない。』


 という藁にもすがる思いが浮かび、彼女と会話を続けることを決意した。


 

 その遅れて出てきたなけなしの勇気と、幸せを失いたくないという欲が噛み合い、あらぬ行動を引き起こしてしまった。


「俺の好きな人って知ってるよね?

 どう思う??」


 キモすぎる。吹っ切れてキモいのではなく、背筋をなぞられるようなゾワっとする言い回し。さらにこれはメールだ。アンケート形式の怪文書かよ。


 そんな見た瞬間に忘れてしまいたくなるようなキモいメールでも彼女はできる限りの優しさで応えてくれた。

 



 そして俺の綺麗な初恋は、だっせえ終わりを迎えた。


 終わり方は散々だったけどそれまでの日々は何にも変えがたい、数少ない幸せな思い出だ。

 だから、


 俺は幸せだったよ。


 と言える思い出として心に残そう。






 そんな大恋愛(小学生からすると)を経験してから3年とちょっと後、初恋の相手、溝尾風香みぞおふうかは高校受験の推薦組として俺と一緒に同じ高校の受験を受けた。

 それまでは俺から話しかけられるわけもなく、彼女もあまり男子と話さないので接点のないまま時が過ぎていた。



 受験終わりの帰り道、溝尾が突然、


「ねぇ、池の周りって答え200mであってる?」


と話しかけてきた。

 俺もこの3年で溝尾のことは恋愛としてはキッパリと諦め、見てるだけで幸せになるかわいい女の子(推しかなにか)として見ていたので、溝尾の方から話しかけてくれるなんて夢にも思っていなかった。

 その驚きと、答えが同じだった喜びとで興奮気味になりながらも、


「合ってる!おんなじ!マジでよかったぁ〜!!」


 と、勢い余って大声で答えてしまった。

 そして、もう少し小さかった頃の幸せな記憶が蘇って、受験に受かる前に満足感を感じていた。


 この時俺、一ノ瀬裕翔いちのせゆうとは、これからの人生が小説のように幸福と苦難に満ちたものになるとは微塵も思っていなかった。


 ただ、『恋愛したいけど、まあ無理でも推しもいるし高校生活も多少楽しく過ごせるかなぁ!』などと中学生男子みたいな邪な思いを持っているだけだった。

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