第5話 メール

 夢の中にいるようなふわふわとした気分の状態で電気もつけずに部屋に入り、ブレザーとズボンを脱いでそのままベッドに飛び込んだ。


 初恋の人と2人きりで帰って「またね!」なんて言って……


 これが夢にまで見ていた青春ってやつか。

 つぎに起き上がった時には本当に夢でした、なんてことがあってもおかしくないくらい信じられない出来事に興奮が抑えきれずベッドの上で転がりまわる。

 もう夢でもいいからこのまま醒めないでくれ。



 残念ながらアドレナリンの効果は長くは続かず、のたうち回って体力が切れたあたりで一つの考えが頭をよぎった。


 いい友達的ポジになっているのでは?

 ……納得。落ち着け俺。一回振られてるんよ。ということはもう昔からタイプではないんよ。



 それでも空色の天井をボーーっと眺めながら多幸感に浸る。

 うん、全然幸せやな。

 だって推しに認知される様になったってことやろ!


 

 何にも起こせず、ただ周りの話のネタにされただけの小学生時代に比べると、それだけでもう十分過ぎる幸福を賜っている。

 

 



 そういえば、連絡するって言っちゃってたな。

 これを放置するのは失礼なのかもしれない。

 でも、どのメアドに送ればいいんや...?


 ......とりあえず昔やりとりしてたメアド宛に送ってみるか!

 一度壊れてしまったブレーキはなかなか元には戻らず、調子に乗ったままメールを送ることができてしまった。


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件名:一ノいちのせです!


本文:送れてる??

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 そして送った後に我に帰る。

 あぁ、何度やらかせば俺は学ぶのだろうか。

 こんなん送られてどう返せばええんや。絶対困るやろ。しかも今時メールで。


 もうそんなことを思っても後の祭りすぎて、布団に頭を突っ込んで嫌わないでと悶々と祈ることしかできなかった。

 考えすぎで疲れた脳に暗闇と暖かい空間は相性抜群だったことは言うまでもない。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 目が覚めると夜ご飯には遅い時間になってしまっていた。

 ...とりあえずメールの確認をしよう。

 とスマホの画面をオンにする。

 その動作だけでこんなに驚くことって生きていて何回あるだろうか。


「うおおおぉおぉーー!」


 夢か現かもう何が何だかわからなくなってよくわからない奇声をあげて飛び上がった。

 来ていたメールを速攻で開き内容を確認する。


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件名:Re:一ノ瀬です!


本文:

送れてるよ!連絡ありがとう😆

別れた後そういえばメールアドレス渡してなかったどうしようと思ってたら、メールきてびっくりしちゃった‼️

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 ここでメールは終わっている。


 返信しようとスマホを勢いよく連打するが、ふと手が止まる。

 小6やったら何も考えずに短文で返すところだが、そのノリでいいのか。

 いや、『びっくりしたっていう報告だけで終わりやと思ってたら、なんか返ってきたわ』って思われたりするんやろうか。

 それで、『続ける気なかったのに、どう終わらせたらいいやろ。』とか思われたりするんやろうか...


 いや、でも逆にこれは話を続けるためにあえて質問とかなしに放ったのかもしれない!

 それとも逆に質問することすらなかったんかな...


 できる限り迷惑にならないよう、でも仲良くなれるなら少しでも仲良くさせていただきたいなと、うーんうーんと唸りながら


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件名:Re:Re:一ノ瀬です!


本文:ちゃんと遅れててよかった!

  明日も朝から学校やから早く寝よ〜

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 うむ、無難に会話を終わらせられるなこれで。

 帰ってきてもおやすみ〜やろう。


 よし。とりあえず晩御飯食べてお風呂に入ってしまおう。

 正直このまま会話を続けるのは俺の身が持たないのでとりあえず冷静さを取り戻すためにもスマホから離れてやることを終わらせよう。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 パジャマで自室に帰ってきた頃には通知が来ていた。


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件名:Re:Re:Re:一ノ瀬です!


本文:そうやね!

  おやすみ😴

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 うん、可愛い。


 普通の言葉でも溝尾みぞおが放つと10文字とは思えない破壊力だ。

 想像の斜め上をいく現実に尊死しながらそのままベッドでスヤァ。

 思い残すことは何もない、ただ溝尾と仲良くできれば人生ちょっとハッピー...。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 寝落ちしたにも関わらず、翌朝無事いつも通り家を出る20分前くらいに起きて、朝ごはん食べて着替えて歯磨きして出発した。

 でも学校へ行きたい気持ちはいつもよりるんるんだった。

 もう、さんさんとした太陽と心地いい風と鳥のさえずりが〜みたいな気分だったし、実際そんな季節で楽しかった。




 が、それはそう長くは続かない。

 どう喋りかければいいんや、こんなクラスメイトまみれの教室で。


 教室の隅の席で1人深刻に悩む。


 いや普通に喋りかけたらいいのかもしれないが、俺と喋ってる時点で周りから『そーいうコトなん?』的に思われるのは向こうにも申し訳ない。

 いやまあこちらは多少の下心はあるとは言えるのかもしれないが、あくまで『人生にちょっとくらい楽しみがあってもいいやん?』って感じで...


「どした、そんな辛気臭い顔して〜」


 後ろの席の井出いでが目の前にいる。

 どうやら考え込みすぎていたらしい。


「いや、ちょっと考え事してただけなんよ!」


 新学期早々異性の話をすると絶対目立つと思ってゆるく笑ってお茶を濁した。


「そーなんか〜、じゃあさ...」



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 なんやかんや喋って過ごしているともう終礼で、部活体験も終わった。


 昨日は行けなかった、1番気になっていたパーカッションの体験をしてきたけど...なんかめっちゃガチってる同学年と思われる子達と、めっちゃ喋ってくる先輩とが同じパーカッション室にいてなんかカオス味を感じた。

 でも!親切にどういう楽器があってとか、学校生活どうなるのかとかも色々教えてくれたし、さらにこのパーカッション室自由に使っていいから置き勉もできるって言ってたし!

 悪いふうに思ったわけじゃないから!面白かったから!


 推しに推されて楽器の仮決定が終わり帰る頃に。


 まあ特に溝尾とは喋らなかったっすねはい。



 ......マジでどうやって喋りかけよう。

 2人きりならなんとか喋れると思うんやけど、そんなタイミングないしな......

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