第7話 やさしき動機

 泣きじゃくるサニーをダンジョンから連れて帰ってきてからは大忙しだった。


 真相を知ったシスターはサニーのことを叱り、それから抱きしめた。

 サニーはさらに激しく泣いてしまった。

 アイリとクローナは二人を遠巻きに眺める。


「いや~良かったよかった」

「ええ、本当に。死霊術師ネクロマンサーがいなくてよかったです」


 クローナが感心して、いっそ呆れたようにアイリに語りかける。

 事件の真相は、一人のちいさな魔法使いが起こした、大事な大事な家族のための奮闘だったのだ──


 孤児であるサニーは、育ての親であるシスターに恩を感じると同時に、申し訳なさも感じていた。

 シスターの人徳もあって町の人たちは自分たちの生活を支えてくれるけれど、みんなも裕福なわけではない。

 シスターと自分のお腹が鳴るたび、サニーはなんにもできない自分が悔しかったのだ。

 そんなあるとき、サニーは自分にゴーレムをつくる才能があると知った。

 天の導きだと思った。

 そしてサニーはゴーレムを使って町の人たちの農作業を手伝うなかで、ダンジョンで稼ぐ職業『冒険者』の存在を教わった。

 しかし、ダンジョンに入るには立ち入り許可証が要るらしい。

 立ち入り許可証は冒険者でないともらえない。

 そして、冒険者になるには15歳を過ぎて成人しなければいけない。

 まだ七つになったばかりのサニーには到底無理な話だ。


 厳格なルールは幼いサニーの前に立ちはだかった。


 それでも、大切な家族であるシスターのことを支えたいサニーは、自分の代わりにダンジョンでモンスターを倒してくれるゴーレムをつくることを思いついたのだ。

 しかし土ではモンスターを倒しづらかった。柔らかかったのだ。

 そこでサニーは考え、骨を使うことを考えたのだ。

 人骨であれば墓やダンジョンで手に入るし、ダンジョンに放置された人間用の装備を使える。

 もし他の冒険者と遭遇したとしても「メト」と唱えれば、ガラガラと骨に戻る。残るのは小さな女の子と無数の骨だけ。

 ちょうどアイリとクローナが見つけたみたいに。


「……ってのが、事件のあらましだねー」


 アイリが肩をすくめる。

 恐ろしい死霊術師はいなかった。

 小さくて賢い女の子のがんばりだったのだ。

 クローナは静かに問いかける。


「いつから気付いてたんですか、アイリさん」

「んー、サニーと最初に遭ったときから引っ掛かってたんだ。クローナは気にならなかった? 骨ゴーレムのが」

「担ぎ方、ってアイリさんの?」

「うん。背負うには不安定だけれど、持ち運ぶには丁寧すぎるんだ」

「……はい?」

「考えてみてよ。もし死霊術師なんてのがいて、人間をさらおうとしてるなら、もっと効率よく運ぶか、もっと適当に運ぶかのどっちかになりそうなものじゃない」

「アイリさんを運ぶみたいにするとかですか」

「むっ、誰が酒樽さかだるじゃい!」

「言ってませんて」


 ふん、とアイリは鼻を鳴らす。


「まーでも、そゆこと。あの運び方は……農夫が籠を背負うみたいだったからね」


 きっとサニーは農作業を手伝う中でその運び方を知った。

 と、言うより。


「サニーは……もしかしたら親におんぶされたことが無いのかもしれない。だから、スケルトンに自分を運ばせるときも籠を背負うみたいにさせることしか思いつかなかった」


 なんて、想像でしかないけど。

 アイリがそういって言葉を結ぶ。

 クローナは遠巻きからサニーを見つめた。

 サニーはシスターに抱きしめられ、ようやく泣き顔から、名前のようにおひさまみたいな笑顔を見せていた。


「ハルベルトさんが、サニーさんのことをお屋敷で雇おうかという話もあるらしいですよ」

「へえ! 優しいねえ、坊ちゃんは」

「あー、本人は『能力がある者を正しく評価するだけだ』って言ってましたけどね」

「ガハハ! どうりで私が墓を掘り返したのも許してくれるわけだ!」

「は!? 墓を!?」


 驚いたのはクローナだ。


「あっやべ」

「待ちなさいアイリさん。なにがヤバいのです」

「えーとえーと。その件に関してはお坊ちゃんに色々言われたから許してよぉ……」


 アイリが拝むポーズをとり、クローナの怒りを鎮める。

 そこへハルベルトがやってきた。


「……無事に解決できたと聞いた。アイリーン・アイロニーナの尽力に感謝する」

「ん、こちらこそ。送ってくれてありがとね」


 辺境伯の令息はアイリのことをじっと見つめる。


「君は実力を示した。……もしかしたらもっと大きな、に巻き込まれるかもしれないぞ」

「ほほーん。手ごたえのある事件だといいけど」

「はっ、相変わらず可愛げのない」

「可愛げが欲しいなら貴族の箱入り娘にでもちょっかいだせば?」


 ハルベルトは肩をすくめて笑ったあと、馬車に乗って帰っていった。面倒な事務処理がいくつもあるらしい。

 遠く伸びていくわだちを眺め、クローナは肩の力を抜いて微笑んだ。

 そこへ小さな影が伸びてくる。


「クローナおねえちゃん……」

「あら、サニーさん。どうしましたか?」

「シスターが、ちゃんと謝りなさいって……さわぎを起こして、ごめんなさい」


 サニーが泣きそうな顔でぺこりと頭を下げる。


「まあ、まあまあ!」


 クローナは感心した声をあげる。


「サニーさんは偉いですね。世間にはダンジョンに不法侵入者して謝罪の一つも入れられない自称・名探偵なんてのもいるのに」


 なんだとー、と抗議するアイリの頭を抑えながら、クローナはサニーへと言葉をかける。


「シスターさんのことが大事なら、どうか彼女を不安にはさせないでくださいね」

「……うん」

「それから、一人で抱え込まないこと。あなたが信頼する人は、あなたからの信頼も受け取ってくれるはずですよ」


 アイリが、ねーねークローナが言ってる信頼する人のって私のことー? と茶々をいれてくるのを、またしても封じこめるクローナ。


「その二つが分かったなら、サニーさんはもう立派なお姉さんです」

「……うん! ありがと、クローナおねえちゃん!」


 サニーは大きな笑顔を見せてから、シスターの元へと帰っていった。


「さて……あたしたちも帰りましょうか」

「そだね! うへへ、報酬が楽しみだよ!」

「まったくあなたは……その前に、まずはダンジョン不法侵入者の件でギルドマスターにしっかり怒られましょうね」

「げっ、忘れてたァ~ん……」

「ワインを買って、揚げ鶏を持っていけば、マスターだって少しは許してくれますよ」


 アイリは気まずそうに靴のつま先で地面をいじくり。


「私の代わりにゴーレムに謝らせるってのはダメかな……へへ……」


 などと言った。

 クローナは呆れのあまり、盛大なため息をつく。


「サニーさんはあの年であんなに偉いのに、あなたときたら……」

「だー、もう、わかったって! わるかったって! ちゃんと自分で頭下げに行くから!」

「なにを当たり前なことを。罰金だって当然払ってもらいますからね! だいたいあなたはいつもいつも……」


 二人は沈みゆく夕日に溶け込むように帰り道を、並んで仲良く歩いていく。

 迷宮にまつわる探偵と、彼女の相棒である腕っぷしの強い受付嬢は、そうして一つの事件を解き明かしたのであった。

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【完結】ダンジョン探偵アイリの事件簿! 宮下愚弟 @gutei_miyashita

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