第6話 真犯人

 サニーがスケルトンの群れに攫われた。

 その報せを受けて、アイリとクローナはすぐに駆けだした。

 シスターをはじめ、町民の安全確保にはハルベルトが動いたことで、アイリ達は振り返ることなくスケルトンを追うことができていた。

 ……なお、アイリが走っても大した速度は出ないため、またしても酒樽さかだるのように担がれているのだが。

 クローナは〈黒獅子〉の二つ名に恥じない力強い足取りで木々の隙間を抜けていく。教会の裏手、墓地に隣接していた林だ。


「スケルトンたちの足跡からみるにダンジョンに向かっているようですね」

「見てよクローナ、あちこち地面が剥げてる。スケルトンはここに潜んでたんだね」

「サニーを狙っていたのでしょうか? 確かに才覚のある子ではありますが……町民に知られている程度でしょうに」

「んー、それだと町の人の中に死霊術師ネクロマンサーがいることになっちゃうねえ」

「そんなまさか!」

「まー、可能性のひとつだよ」


 ダンジョンに辿りつくと見張りの兵が倒れていた。ぐったりとしているが流血は見られない。


「クローナ、ストップ。話を聞いていこう」

「……サニーさんの命が危ないかもしれないんです。それでも優先すべきですか?」

「そだね。それに私の見立てではサニーは──いや、まずは彼に話を聞こうか」


 クローナにも思うところがあったが、アイリの言葉を聞き入れることにする。推理が絡むときは彼女を信頼しているのだ。

 足を止めてアイリを降ろす。

 アイリがダンジョンの見張りの頬をぺちぺちと叩くと、彼は目を覚ました。


「っ……! はっ、っへ!? あれ、れ???」

「やーやー。骨に襲われたかね」

「だっ、誰だお前は!」

「通りすがりの名探偵で~す。ねえねえ、教えて欲しいんだけどさー」

「名探偵……? 町娘がふざけるんじゃない、ここは危険な場所なんだぞ。怪我をする前に帰りなさい」

「えー、気を失ってた君に言われてもなあ……」


 どうしたものかとアイリが考えていると、クローナがため息をついた。

 クローナは胸元からダンジョン立ち入り許可証を取り出して、見張りの男に見せつける。


「……く、〈黒……の……」

「なんだって? くろの?」


 金属のプレートが小刻みに揺れている。クローナの顔は真っ赤だった。


「〈黒獅子くろじし〉のクローナ・レオナです! あなたも名前くらいは聞いたことがあるでしょう!」


 クローナは自棄やけになって叫んだ。自分から名乗るには恥ずかしすぎる通り名なのだ。

 だが効果は抜群で。

 見張りの男はゆっくりを目を開いていく。


「くろじし……〈黒獅子〉!? ダンジョンを拳ひとつで壊したという、あのか……!?」

「む、昔の話はいいのです!」


 クローナが拳で地面を殴りつける。


「緊急事態です。彼女の──アイリさんの質問に答えてください」

「は、はひ……」


 見張りの兵は大人しくなった。


「ひひ、ありがとー、〈黒獅子〉さん」


 アイリがからかうとクローナは物凄い形相でにらんでくる。おっかねぇ、とアイリは首をすくめ、本題に入ることにした。


「ねぇ、スケルトンって何体くらいだった?」

「……数体……いや、十数体はいたと思う」

「んじゃ、女の子が連れ去られていったのは見たかな?」

「あ、ああ、見た」

「他に人影ひとかげは? 直前でも直後でもいいけど、冒険者が入ったりは」

「朝には何組か入っていったが……いずれも出てきてはいないぞ」

「オッケー、じゃあ最後の質問。女の子はどんな風に背負われていた?」

「どんな風に?」


 ここまで即答をしていた男が、はじめて訝しげに問い返した。

 傍から聞いていたクローナにも意味が解らなかった。


「そ、思い出して。赤子をおんぶするように優しく? 酒樽を担ぐように雑だった? それとも──籠を背負うようにしっかりと?」

「……それで言うなら、籠を背負うみてえに、こう、腕をがっしり掴んでた気がするぜ。ああ、そうだ、運びづらそうに重心が不安定な走り方をしてた」

「オッケー、ありがと」


 アイリは男から離れる。

 クローナの手を掴むと、有無を言わさず《暗視ナイトビジョン》を唱え、ダンジョンの奥へと進んでいく。

 並んだ松明の火が揺らめく。明るくなり、暗くなり、二人の影は形をぐにゃりと変えていく。

『はじまりの間』を抜けて第一層の奥へと進んでいった。


「アイリさん、ちょ、ちょっと待ってください。さっきの質問はなんです? いちから説明を……」

「結論から言おう、死霊術師ネクロマンサーなんて

「は!? え!? なにを言って──」


 道の正面で影が動いた。

 二人は足を止める。

 数匹のスケルトンが現れた。


「……っ! 蹴散らします!」

「まぁ待って」


 闘志を燃やす相棒をなだめ、アイリが一歩前に出た。

 骸骨がいこつたちはゆっくりと近づいてくる。


「ハッキリさせようよ。死霊術師ネクロマンサーがいるかどうか、彼らは本当に

「? それはどういう……」


 アイリは白骨たちに手のひらを差し向ける。


「清き光よ、迷える魂を救いたまえ──《浄化プリフィケーション》」


 アイリの右手が光に包まれ、死霊モンスターを一撃で無に還す聖属性の魔法が放たれた。

 しかし。

 スケルトンは──否、動く骨たちは歩みを止めなかった。


「だよねー」

「そんな……じゃあ、いったい彼らは……」

「先を急ご。サニーがどこへ行ったかは足跡を追えばわかるし、真相もそこで全部わかるから」


 クローナには訊きたいことが山ほどあったが、アイリの言葉を信じることにした。

 骸骨がいこつたちへ殴打おうだし、道を開いていく。

 怯えて待つサニーの元へ急ぐために。



 * * *



 サニーが目を開けると、あたりは暗闇に包まれていた。

 狭い小部屋だ。

 石づくりの戸の隙間から差し込む光のおかげで部屋の様子がぼんやりと分かる。

 十体ほどの骸骨が無言で入り口を見つめていた。

 

「クローナおねえちゃん……」


 サニーの瞳にうっすらと涙が浮かぶ。うつむくとしずくとなって頬を伝い、落ちていった。

 そのとき、かすかな声がした。サニーは聞き覚えのある声だと思った。

 続いて小部屋の戸が叩かれる音がして。


「……さん! サニーさん! 無事ですか!」


 クローナの声だ。

 サニーは思わず顔を上げる。


「クローナおねえちゃん……!?」

「サニーさん! そこにいるんですね! 待っててください!」

「待って、おねえちゃん!」


 制止も虚しく、石の戸が音を立てて砕かれた。通路からの光が部屋に入ってくる。

 そして二つの影も。

 アイリとクローナだ。

 骸骨たちはそろって拳を構えて二人へ向き直る。クローナも同じように拳を構えて迎撃の体制を取る。

 両者はじりじりと距離を詰めていき。


「まって、みんな、まって!」


 サニーが叫んだ。

 クローナの構えがゆるむ。


 と同時、


 予想外の事態に、クローナが目を見開く。


「えっ」


 そしてアイリだけは納得の表情で頷いていた。


「サニー、やっぱり君が死霊術師ネクロマンサーの正体なんだね。いや、本当は死霊術師ネクロマンサーじゃない。だから、こう唱えれば全てが片付く」


 アイリは骸骨たちへ手のひらを向ける。


「──


 唱えたが最後、直立していた骨たちは崩れ去り、地面にはバラバラの人骨が広がった。

 アイリが口にしたのは姿だった。 

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