第5話 たよれる家族、ゴーレム

 探偵のアイリ、受付嬢のクローナ、町娘のサニー、辺境伯令息のハルベルトという奇妙な四人組を乗せた馬車は隣町へ着いた。

 一行はサニーを送り届けるべく教会を目指していた。孤児のサニーは教会で暮らしているというのだ。


「立派な畑ですね」


 クローナは手でひさしを作ってあたりを見渡した。

 くわを振るうもの、かごを背負うもの、

 自分たちの街より田舎の香りがする。作物の青々としたにおい、家畜の獣くさいにおい、それから土の湿ったにおいだ。

 土の匂いが強いのは、たんに畑に囲まれているからというだけではない。

 魔法で作られた傀儡くぐつ──ゴーレムがいるからだ。

 成人男性よりも大柄な彼らは、人々の指示を受けて無言で畑を耕していたのだ。

 そのゴーレムを生み出したのが誰かといえば。


「サニーさん、すごいです。魔法使いだったんですね」


 クローナが、手を繋いでいるサニーに微笑みかける。サニーは照れたのかうつむいてしまった。


「あのね、クローナおねえちゃん。魔法っていうか、おまじないだと思ってたの」

「おまじない?」

「エメトって唱えるんだよ。そうしたら、つよくてみんなを守ってくれるゴーレムっていうのがきてくれるの」

「なにかで学んだんですか?」

「んと、教会に古い本があって。シスターが文字をおしえてくれたの」

「シスターさんは魔法だと知ってたんです?」


 サニーはぶんぶんと首を横に振った。


「びっくりしてたの。つかってみたらゴーレムができて、みんな喜んでくれて。だから、うれしいんだ。ゴーレムはしゃべれないけどね、家族みたいなの」

「ふふ。でも、これだけ大きいと家には入れられなさそうですね」


 クローナが言うと、サニーはもじもじとしてから耳を貸してとジェスチャーを送る。クローナが屈むと、サニーは耳元でささやいた。


「……んとね。メトってとなえたら、土にもどるの。だからお部屋につれていけるの。でも、お部屋が土だらけになってシスターにおこられちゃったの」


 少女の可愛らしい秘密を聞いたクローナは、微笑んで彼女の頭を撫でた。



 * * *



 道なりに進んだ一行は、町はずれの教会に辿りついた。

 お世辞にも立派とはいえない質素な建物からはちょうどシスターが箒を片手に姿を現したところで。

 彼女はサニーの姿を見るなり駆け寄って抱きしめた。


「サニー……! もう帰ってこないのかと心配したのよ……!」

「ごめんなさいシスター、わたし、どこにもいかないから」

「危ないことはしてない? 怪我は?」

「えと……」


 サニーがよどむのをみて、アイリが助け舟を出した。


「はじめまして、シスター。私たちがその子を見つけたんだけど──ひとまずサニーちゃんに水浴みずあびとご飯の時間をあげたらどうかな。ね、クローナも手伝ってあげてさ。ね?」

「そうですね。サニーさん、行きましょう。アイリさんたちは調べ物をするみたいですし。その間に、ね?」

「ぁ……うん……」


 クローナが、サニーを連れて教会の裏手にある井戸へと向かっていった。

 残ったアイリ、ハルベルト、シスターの三人で教会のテーブルを囲む。

 事のあらましを聞いたシスターは胸をなでおろした。


「サニーがいなくなって本当に心配したんです。ほら、死霊術師ネクロマンサーが暗躍しているなんて噂もあったでしょう? だから、もう帰ってこないんじゃないかって。あの子が姿を消してから数日、生きた心地がしませんでした」

「大丈夫だよシスター! ちょっと痩せ気味なくらいで、他は異常ないってクローナが言ってたし」

「瘦せ気味、ですか……。あまりよい暮らしをさせてあげられないのは確かですね……」


 シスターは部屋の中を見渡す。

 灯りはなく、窓から差し込む光だけが部屋を照らしている。床板には隙間が目立つ。朽ちかけているのだ。


「サニーはいつも、大きくなったら冒険者になるなんて言うんです。そしたらたくさんもうけられるんだって。聞くたび私は心苦しくって心苦しくって……」


 痩せ気味という言葉が引き金となり、シスターは悲しそうな顔をしてしまう。

 焦ったのはアイリだ。


「あっ、えっと、そういう意味じゃなくって、その……」


 アイリが慌てると、ハルベルトが驚いた顔をする。


「へえ、君でも人に対して申し訳なくなるのか。思いやりがあるとは思わなかった」

「失礼だなァ坊ちゃん! やんのかこら!」

「あいにく、今は君との遊びに付き合ってやるヒマはない。シスター、すまないがこの無礼ぶれいな引きこもり女に、荒らされたという墓を見せて、当時の様子を語ってやってはくれないか」

「え、ええと……」

「誰が無礼ぶれいな引きこもり女じゃ!」


 二人は荒らされたという共同墓地に案内された。

 教会の脇に位置しており、広さは畑よりも狭いくらいだ。林に面しており高い木々に囲まれているせいか、見た目より閉塞感へいそくかんがある。

 大きな墓碑ぼひの周りには花や作物がそなえられていた。

 アイリは墓石とにらめっこしながらシスターに話しかける。


「ねぇ、墓荒らしはなにか盗んだの? 遺骨いこつとか、金品きんぴんとか」

「誰がいつ何を埋めたかまでは細かく把握できておりませんから、なにが失われたかも分からずでして……」

「あー、まあ確かに。遺骨の数とかも数えられないよねえ」

「ええ。とにかく荒らされたままでは可哀想でしたので、遺骨たちは町の方々と協力してすぐ埋め直してしまいましたし……。あの、なにかお役に立てるでしょうか?」


 不安そうなシスターへ、ハルベルトが答えた。


「大丈夫ですよシスター。彼女には社会性はありませんが、ほんの少しだけ──そう、子どもを助ける程度の思いやりはあります。それに推理だけは人一倍ひといちばい得意なようです」


 爽やかな笑顔で言うと、アイリが抗議の声を上げる。


「おうおう、ちっとも捜査の役に立たねえ坊ちゃんは黙ってな! ……ところでシスター、ここ掘り返してもいい?」


 けろっとした顔でアイリが言う。

 シスターが呆気あっけにとられて絶句するなか、ハルベルトが青筋あおすじを立てる。


「……聞き間違いか? それとも探偵なりの冗談か?」

「ちがうよ。お墓を、掘り返したいの」

「君な……墓荒らしの被害にった墓を再び掘ろうなどと……!」

「さっき自分でも言ってたじゃん……私の社会性がないって……」

「だとしても、思いやりくらいはあると思っていたぞ! 君には常識というものがないのか!」


 憤慨ふんがいするハルベルトから一歩も退かず、アイリは面と向かって言い返す。


「常識で謎が解けるならいくらでも頼るよ。でもこうするのが一番早く死霊術師ネクロマンサーの恐怖から人々を守れるんだよ。手掛かりは、にある」

「~~~~っっ!!!」


 ハルベルトは叫びたくなる気持ちを堪え、歯を食いしばった。

 この非常識ひじょうしき化身けしんのような少女はギルドマスターのゴリゴルお墨付すみつきの名探偵だ。冴えた謎解きは身をもって体感している。

 それに彼女の言うことは一理あるとハルベルトがなによりわかっていた。

 常識と思いやりだけでは成し得ないことがある。領主たる父親が、民の平和な生活を築いてきた裏にも非常識と言われた施策の数々があったことを知っていた。

 その結果として辺境が豊かになったことも。

 時には非情ひじょうに思える選択が、大局たいきょく見据みすえたときには必要なこともある。

 ハルベルト自身、民を早く安心させたい気持ちなのだ。


「……墓を掘り返せば死霊術師ネクロマンサーの正体がわかるというのだな」

「正確に言えば、その可能性が高い、だね。見てみなきゃ事件解決の糸口になるかどうかを見極めることもできない。違う?」

「……アイリ、君は間違っていないのかもしれない。だが口の利き方には気を付けたまえ。人にものを頼むときは、それ相応の礼儀が存在するのだ」


 静かに言い放つと、ハルベルトはシスターへ深々と頭を下げた。


「民のためだ。墓を暴く無礼を許していただけないだろうか。この通りだ」


 困惑したのはシスターだ。

 辺境伯の令息──この地方一帯を統治する貴族の息子が頭を下げたのだ。当然の反応である。


「ハ、ハルベルト様!? おやめください! 私とてあの子との平穏な日々を取り戻せるのであれば……不信仰ふしんこうの罰などいくらでも受ける覚悟です」

「すまない、罰ならば私も受けよう」


 その言葉を持って、シスターの許可が得られた。

 ハルベルトは垂れていたこうべをあげてアイリを睨んだ。


「……これが他者と関わるということだ。君は間違っていないが、君だけが正しいとは限らない。そのことをしっかりと覚えておくんだな」


 アイリは「ちぇ、わかったよ」と唇を尖らせながらも、頭を下げた。


「ごめんなさいシスター。私は別に不快にさせるつもりじゃなくって、えっと……」

「いえ、良いのです。驚いてしまっただけで。……こうすれば謎が解けて、サニーも無事に過ごせるのですよね?」


 シスターが自らの手をきつく握り締めている。彼女の震えにアイリは気付いていた。

 死霊術師が現れたと聞いて、サニーがいなくなってしまったと気付いて怖い思いをしたのだ。

 シスターの、一瞬でも早く平穏な生活を取り戻したいという願いが察せないほど、アイリの脳はではなかった。


「任せてよ。私は名探偵なんだ」


 アイリは胸を張って宣言した。

 シスターは深々としたお辞儀で返した。


「さて──」


 見守っていたハルベルトが手を叩いて注目を促す。


「──では今日はいったん帰るとしよう。掘り起こすための人員を用意して、また数日後だ。アイリ、君はまた迎えに行くからそれまで大人しくしているんだな」

「ちょいちょい。私がやるからいいって」

「は? 何を言って……」

「二人とも離れてるんだよー」


 アイリが墓碑ぼひへと近づき、触れる。


「命よ宿れ──エメト」


 呪文が唱えられてすぐ、地面が震えた。

 周囲に茂っていた木の枝から鳥たちが一斉に飛び去っていく。

 次第に揺れが大きくなった。

 墓碑を持ち上げるように土がめくれていき、地中が露わになっていく。

 スコップで掘り起こせば成人男性が数人かかって半日以上かかるような大穴ができあがる。

 元あった土はこんもりと盛られていて、墓碑はその上にしっかりと居座っていた。

 が作られたのだ。

 ハルベルトとシスターの開いた口が塞がらないなか、アイリは掘り返された墓地を覗きこむ。

 土色一色の地面だった。

 そこに白い色は混じっていない。つまり。


「んー、?」


 シスターがへたりこんだ。


「そんな……私たちは確かに……。ああ、ハルベルト様、信じてください。私たちは誓って噓などついておりません」

「シスター、狼狽うろたえないでください。貴女あなたを疑ってなどいません」


 ハルベルトが彼女を支えるためにしゃがみこむ。

 その背に、声が降ってくる。


「アイリさん! ハルベルト様! やられました!」


 クローナだ。

 いつになく険しい表情で叫んだ。


「スケルトンの群れが襲ってきて……サニーがダンジョンへと連れ去られました!」

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