第4話 事件と少女

 ハルベルトは語り始める。


「始まりは半月前だ」


 どうやら隣町の教会の共同墓地きょうどうぼちが荒らされ始めたという。亡くなった家族や知人の眠る墓を荒らされた町民たちは怒りに震えたらしい。

 有志による警備を立てると被害はすぐ収まった。


「そんなおりだ、ダンジョンの低階層でスケルトンを目撃したという噂が流れ始めたのは」


 本来は三層より浅い階層には現れないモンスターの出現を隣町のギルドもいぶかしんだという。

 クローナが小さく手を挙げる。


「あの、私、受付嬢なんですけど……聞いてませんよ?」


 ゴリゴルが腕組みをしながら答える。


「出没したダンジョンは隣町だ。ウワサ程度のものを共有するほどギルドも暇じゃねえ」

「ゴリゴル氏の言うとおり。初めこの話はただのウワサに過ぎなかった。それが真面目に受け取られるようになったのはそのあとだ」

「そのあと、ですか?」

「ああ、実は──」


 ハルベルトが身を乗り出す。

 アイリが遮るように口を挟んだ。


「また墓荒らしが増えたか、スケルトンの討伐実績が出たか、もしくはそのどっちもでしょ?」

「……知っていたのか」


 ハルベルトは表情こそ変えなかったものの、声に驚きをにじませる。

 クローナとゴリゴルは話の腰を折ったことに頭を抱えていた。

 アイリはといえば、枝毛を探しながら興味なさげに呟く。


「知らなかったよ。でも話の流れでわかるじゃん? 死霊術師ネクロマンサー出現説が浮上するためにはそれなりの説得力がいる──ってことは、また死体が漁られたか、証拠が出ちゃったかでしょ?」

「……ああ、どちらもだ」

禁忌きんきの魔術を使う死霊術師ネクロマンサーが現れたとあっちゃ領主さまとしては放っておけない。魔術師協会がうるさいだろうしね。だから私に依頼を持ってきた」


 どう? とアイリはハルベルトにウインクする。


「いかにも。君は最近、新聞で人気だろう」

「えへ、どうもどうも。このあとは他の捜査協力者に会うつもり?」

「! どうしてそのことを……」

「新聞で人気、なんて他人事みたいな言い方をするくらいだし、私はじゃないってことでしょ。もしその気ならもっと前のめりに私のことを頼りに来るし、スケジュールのミスだって起こるとも思えないよ」


 アイリは見つけた枝毛を爪で切る。


「ま、私は私で色々調べてたからね。ダンジョンに潜ってみたり、死霊術について調べてみたり……」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 クローナがアイリの言葉を遮った。


「アイリさん、まさか勝手にダンジョンに潜ったのも前もって調査してたからだっていうんですか?」

鶏の骨食べ残しで死霊術を試したのもそうだよ。ついでに言えば、昨日の帰りに第一層で骨につまずいてコケた話はしたでしょ。あれはスケルトンの残骸じゃないかなって」

「……ちょっと待ってください。ついていけないんですが……アイリさんは昨日の段階ですでにこの依頼が来ることを予知していたとでも言うんですか?」

「違うちがう。予知じゃないよ、推理だ」


 アイリは、クローナってばヘンなことを言うなあ、と笑った。


「新聞で報じられることは記者が前もって知っているし、ギルドで問題になることは冒険者たちが前からウワサにしてる。ダンジョン探偵の私はどっちにもがいるからね。情報を組み合わせれば自ずと答えは導き出される。それだけだよ」

「だからさっきダンジョンでスケルトンは来ると断言していたんですか? すでに推理を終えていたから……」

「そゆこと! お隣の町だけの問題じゃなくなってきたから、いよいよ私に依頼が飛んでくるころだろうなって。実際、さっき行ってみて収穫はあったしね。で、どう? ダンジョン立ち入り許可証は発行してくれる気になった?」


 アイリが自信に満ちた笑みをハルベルトへ向ける。

 ハルベルトは肩をすくめて相好を崩した。


「いいだろう。君は自分を売り込むのが上手いな」

「へっへっへー」

「これから隣町へ調査におもむくつもりだったのだが、君にもついてきてもらおうか」

「お、ほんと? 現場検証、マジ大事」

「ではさっそく外の馬車に──」


 ギギッ、と床板の軋む音がした。

 ハルベルトは言葉を止める。四人の視線が音の方へ向いた。

 部屋の入口の向こうに少女が立っていた。ダンジョンで倒れた少女だった。先ほどクローナが別室に寝かせてきたのだった。

 少女は鮮やかな赤毛をしていた。

 おどおどとした様子でもごもごと口を動かす。


「……えぅ、あの……」


 真っ先に駆け寄ったのはクローナだった。

 少女の前にしゃがみこむと、手を取り、目と目を合わせた。


「具合はどうです? お腹空いてませんか? 水浴びしますか?」

「ぅえ……」

「ああ、いけません、失念しつねんしてました。おうちはどこです? スケルトンにさらわれたんですか? どこから来たんです?」

「えぅ、あぅ……」


 クローナが前のめりになってしまうのも無理はない。 

 少女はダンジョンでスケルトンに運ばれていたのだ。死霊術師の元へ運ばれてしまうかもしれなかったのだという不安がクローナの心に渦巻いていた。

 格好も農民としては普通であるものの、汚れや生地のほつれやれが目立つ。肉付きもあまりよくないのが、普段からなのか、それともダンジョンでなにかをされていたからなのか、クローナには解らなかった。

 

 と、少女に詰め寄るクローナの脳天のうてんに優しくチョップが振り下ろされる。

 アイリの手だ。


「こら、そんなに詰めたら困っちゃうだろー」

「アイリさん、ですが」

「クローナが優しいのは知ってるって。でも、こういうのは順番が大事なの」


 食い下がるクローナの頭をアイリはポンポンと撫でる。それから少女へ尋ねた。


じょうちゃん、お名前はなんて言うのかな。燃えるような赤毛が可愛いから太陽サニーちゃんとかかな?」


 アイリが腰に手を当てて、「ん?」と尋ねる。

 少女は目を丸くして、わかりやすく驚いた。


「えと、そうです。サニーは、サニーっていいます」

「およ、当てずっぽうだったけど当たっちゃったね。初めましてサニー。私はアイリ、よろしくね」

「ア、アイリさん、は、はじめまして」

「さて、サニーちゃん。君のおうちは隣町であってるかな?」

「! そぉだよ、でも……なんでしって……」

「ふっふっふ、それはね」


 サニーが一歩後ずさる。アイリが一歩近づく。

 かばうようにクローナが立ちはだかった。


「アイリさんどうして知ってるんです……? まさか、極度きょくどなヘンタイ趣味のある幼女嗜好ロリコン……」

「だぁ! ちゃうちゃう! スケルトンが運んでたんだから最初にスケルトンが目撃された町に目途めどを立てるのはフツーのことでしょ」

「む……言われてみれば……」

「可能性の高いものから探っていくのは基本中の基本だよ。……で、サニーちゃんはおうちに帰るあてはあるのかな?」


 サニーは首をふるふると横に振った。


「そかそか。それじゃあ親切な人に頼んじゃおうか。っちゅーわけで──」


 アイリがサニーの手を握ってハルベルトの前に立った。


「──私たち淑女レディを隣町まで連れてって♡」

「元よりそのつもりだったが……君の言い方はなんというか、こう……」

「んん~? プリティでチャーミング?」

「…………はぁ、まあいい」


 賢明けんめい辺境伯へんきょうはく令息れいそくは、あらゆる言葉をみこんで立ち上がる。


「出発しよう」

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