第4話 実習終了

─平原─


 俺は戦闘が終わった後の班のみんなのもとに戻った。


「天掛くん! なに一人でちゃっかりと逃げてんのよ。私のかっぱがベトベトになっちゃったじゃない。」


 メデアナはバサバサとかっぱを動かして主張した。


 俺はそれに対して後退しつつ話す。


「ちょっと近づかないでくれないか。」


「あ、あなたねぇ。自分だけ助かってそれでいいと思ってるの?」


 どうやらメデアナさんは少し怒っているようだった。


「いや、そこの三十木を見てよ。」


 俺は半透明になって存在感を消していた三十木の場所を指さした。


「え?」


「あっおい。言うなよー。」


「三十木くんも汚れてないじゃない。ずるいわね。」


 メデアナさんはじとっとした目で三十木を見た。


「へへっすいませんね。」


 三十木は煽るように笑う。


「三十木はよく魔術が間に合ったな。」


「実は天掛が走り出した時に察して、幽体化の魔術を急いで使ったんだ。」


「なるほどな。」


 三十木と話しているとレフテンシアさんがこちらに近寄ってくる。


「皆さん、悪は滅しました。」


「エ、エリーズちゃん。」


 レフテンシアさんはスライムに一番近かったからか、メデアナさんの三倍くらいの泥みたいなスライムがかかっていた。しかし、今は恨みを晴らした影響でやけにすっきりとした顔をしている。


「あ、メデアナさん。私たち、お揃いですね。」


 エリーズがメデアナを見て言った。


 俺は二人ともエルフ耳だし、汚れてるしで肌の色の違いはあれど、共通点が多いなと思った。


「エリーズちゃんほどは汚れてないよ。はぁ、災難ね。見てよそこの二人、汚れてないんだよ。どう思う?」


 メデアナさんは俺と三十木を指さして言い放った。


「そうですね。汚れた身としては汚れてないほうがいいと思いますね。ところで、三十木さんは汚れてないのも納得できます。ですが、天掛さんはすぐそばにいたと思うんですよ。どうして汚れてないんですか。」


 エリーズは不思議そうに天掛を見つめる。


「走って逃げたのよ。卑怯なことにね。」


「あれは速かったなー。天掛、陸上でもやってたのか?」


「いや、陸上はやってないな。テレビで見たのを真似してみたんだ。」


「それであんなに早く逃げられるものなんですか?」


 さすがに自身に流れる時間を操作したとは言えないな。


「ま、本気で走ればこんなもんよ。」


「連れていってくれたらよかったのに。」


「さすがに人一人を背負って走るのは難しいな。」


「それもそうね。」




 それから俺たちの班は森の手前まで話しながら歩いた。幸いあのスライムを倒してから怪物を見かけることはなく、無事にこれからスタート地点まで戻ることになった。

 それにしても先ほどからメデアナさんからねちねちと恨みをこちらにぶつけてくる。三十木も同じようなものじゃないかと思うが、明確に走って逃げたという行動が気に入らないらしい。レフテンシアさんは少し冷静になって自分の行いを反省してるようで助け船はない。というか、レフテンシアさんも口には出さないがちょっとこちらの男二人に思うところがあるようだ。


「帰りの道で怪物がでたら二人で対処してね。」


 なんという暴挙だろうか。俺はメデアナさんの言葉に心の中で憤った。


「いいよ。こちらも女子二人だけが汚れてしまって申し訳ないと思ってたんだ。」


 三十木がこちらを向いてウインクをした。男のそれは気持ち悪いと思う。

 三十木はここに来て最低限の好感度を保とうとしているのだろう。姑息な男だ。だが、いいだろう。乗ってやる。


「そうだな。俺も賛成だ。」


 帰りはこっちに来るまでに駆除してきたから特にやることもなく歩けるだろうしな。


「本当に賛成なのかな? そう思うならもうちょっとこちらから距離をとるのをやめたほうがいいよ。」


「距離? なんの話だ。俺はただいつ戦闘が起こってもいいように先頭に位置しているにすぎない。」


 直後、メデアナさんが無言でこちらに近づいてくる。

 俺は一定の距離を保ちつつ前に早足で歩く。ついでに三十木に近づく。


「おい、天掛。こっちにくるな。」


 三十木は俺の前を歩く形で遠ざかっていく。


「たまたま進路が重なってしまっただけだ。なにか嫌なことでもあるのか?」


「位置が重なっていると魔術も使いにくいだろ。」


「やっぱり距離をとっているじゃない。」


 諦めることなくメデアナさんは早足でこちらに近づいている。


「俺は戦闘に適切な距離をとっているだけだ。」


「よく言ったものね。全力で逃げているくせに。」


「ああ、先ほどのことは申し訳ないと思っている。」


「今のことよ!」


 そうやって早足で歩いたせいかレフテンシアさんを置いて行ってしまっていたようで、メデアナさんの後ろに駆け足で近づいてきていた。


「みなさんー待ってくださーい。」


 俺たちはそうやって一直線に並び、早歩きでスタート地点まで戻った。幸い帰りに怪物が現れることはなかった。




―平原 結界の手前―


 スタート地点についてからレフテンシアさんが先生に実習終了の連絡をしてからしばらくたった後、全ての班から終了の連絡があったとして始めに集まっていた場所に戻ってきた。

 クラスごとに整列にして先生の話を聞いた。先生の話をまとめるとこうだ。


・平原に見える範囲の怪物は量を減らした。

・大きな怪我がなく、無事に実習が終了できてよかった。

・生徒諸君の協力に感謝する。

・解散っ!!


 話を聞きながら思った。今回は大成功だったと。初志貫徹というものだろう。俺は去年の過ちは犯さない。緊急時には常に気を張って、走って逃げられるように準備していた。まさか時計の魔術を使うことになるとは思わなかったが、あの程度の魔術なら気づかれないだろうし、先生たちも俺が探してみた感じ周囲にはいなかったしな。にしてもあのレベルの嫌がらせができる怪物がピンポイントで出てくるとはな。本当に無事でよかったよ。


「ふう、無事に終わってよかったな。」


 俺は班のみんなに達成感に満ちた笑みをしながら言った。


「まあ、俺らは無事だけどよ。」


「うう、どこも無事じゃないですよぉ。さっきまでついてた泥みたいなスライムが乾いてそれが土臭くて私の周囲の人が嫌な顔してたんですよぉ。」


 レフテンシアさんが嘆いていた。


「私はかっぱだけだからよかったけど、エリーズちゃんは中まで汚れちゃってたからね。ほんとに今日は厄日だったわ。」


「なんにせよ怪我がなくてよかったよ。見た目以上にあれは強かったしな。」


「それもそうね。」


「じゃ、俺はもう帰るよ。」


「じゃあな天掛。」「さようなら。」「また学校で。」




 


 






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔術学校における ねるれと @nerureto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ