第3話 アクシデント!

―平原―


 巨大な液体のトカゲによる危機が迫る中、俺たち四人は膠着状態に陥っていた。


「おい、時間がない。さっさと先頭を決めて、戦わないとどうにもならないぞ。」


 俺はそろそろ目前に迫ってきているトカゲ型のスライムを横目に見て言った。


「そう言われてもなぁ。」


「うーん。」


「どうしましょうか。」


 こいつら、この期に及んでまだその態度かよ。ああ、もう来てるな。とりあえず短杖を構えて状況を見守る。


 液体のトカゲはこちらに滑って移動して、前足で天掛たちに襲いかかった。


「意外と速いな。巨大だから見た目よりも速いのか。」


 バックステップで避けつつ、相手を観察する。


 全員で同じように避け、横一列に四人が並んだ。


「へぇー、スライムだから滑って移動するんだな。」


 三十木が驚くように声をあげた。


「驚いてる場合じゃないでしょ! ああもう、結局私の出番ってわけね。ここは私が高出力の魔術で凍らせてやるわ。」


「メデアナさん、お願いします。」


「俺が注意を引くよ。『幽体化』」


 三十木が体を半透明にして液体トカゲの前で動き回る。

 液体トカゲは目の前の人影を攻撃するが何も手ごたえがないことに気づいていないようで必死に手足を動かしている。


 なんかねこじゃらしで遊んでいるみたいだな。



 数分の時が過ぎた後。


「よし、そろそろいくよ。」


「ちょっと待って。すぐに戻るから。」


 三十木がこちらに急いで戻ってくる。

 メデアナの高まったマナによって景色が歪んでいる。メデアナは両手を前に構えて魔術式を展開する。白色の魔術式がにマナが集まり、景色の歪みが消えた瞬間、


『絶対冷凍ビーム!』


 魔術式から冷気が一直線に溢れ出した。冷気は通り過ぎた地面の草を凍らせながら液体のトカゲに直撃した。


「ふう、どうかしら。」


 凍った草の道の先には巨大なトカゲの氷像はなく、巨大な氷の壁ができていた。そして壁の横から先ほどよりも小さくなり、軽自動車くらいの大きさになった液体トカゲが顔を出した。


「どうして!」


 メデアナはたしかに当たった感触はしたのにといった様子だ。


 俺は一回り小さくなった液体トカゲの姿を見て考察する。


「なるほど。自身の体を変形して切り離すことで壁を作り出したのか。怪物ながらなかなかに知恵が回るな。」


 ポン、と手を打って俺は感心した。


「やってくれるじゃないの。」


「ああ、あれの戦闘IQは相当に高いみたいだな。」


「メデアナさん、もう一度魔術は使えますか?」


 エリーズが聞く。


「悪いけどあの威力のはもう無理ね。残念だけど私はもう役に立てないわ。」


「そうか。メデアナさんは後ろに下がっててくれ。」


「わかった。」


 メデアナさんは何故か嬉しそうに後退していった。


 そう話している内に液体トカゲはこちらに近づいて攻撃をしてくる。


「私ですかっ。」


 液体トカゲはエリーズを標的にした。先程は体の大きさから複数人を攻撃していたが、今はエリーズ一人に狙いを絞ったようだ。


 液体トカゲが攻める。前足、前足、滑って回り、尻尾。


「このくらいなら避けられますよ。」


 液体トカゲの動きは速くない。決して遅いわけではないがマナで身体能力を上げている俺たち魔術師であれば対処できるものだ。だが、攻めあぐねている。このままではあいつは倒せない。


「どうする天掛、このままじゃエリーズさんが。」


 三十木が焦る。


「そうは言っても俺たちの攻撃じゃスライムが飛び散って邪魔にしかならない。」


「見てるだけってのは心苦しいな。」


「そうか?」


 正直、汚れる覚悟があれば誰でも倒せるから俺はラッキーとさえ思っていた。



 攻撃を華麗に避けているエリーズに液体トカゲは口を開けた。


「なんでしょうか。」


 エリーズは警戒して錫杖を構える。

 突然、これまでの動きとは段違いの速さで液体トカゲの口から一本の触手が生え、エリーズを巻き取り、宙高くに持っていく。


「あわわわー。」


 レフテンシアさんが空高くに行くのを見ながら考える。まさか、叩きつける気か。


「『三日月結晶』、 よっこいしょ!」


 俺は持ってきたスクロールを使っていち早く魔術を使い、宇宙色の結晶のブーメランを手に持って、投げた。


 ブーメランは触手に向かって飛び、触手を断ち切った。液体トカゲは警戒して後退する。


「変形するときは動きが別格に速いわね。どうやって氷の壁をあの速度で作り出したのかと思ったけど、あれなら私の魔術を防げたのも納得だね。てか、ブーメランでかいね。ちょうど私の身長くらいあるよ。」

 

 後ろで見ていたメデアナさんが感想を言った。この人自分の役割がなくなった途端に呑気なもんだな。


「うぅ、痛いです。」


 触手から解放されたエリーズは幸い頭からは落ちなかったようで地面に盛大にヒップドロップをした。


「ヨシ。」


 俺は上手く触手を断ち切ってレフテンシアさんを助けられたことに安心した。


「エリーズさん、大丈夫?」


 三十木が駆けつけて呼びかける。


「はい、怪我は特にありません。ですが...」


 レフテンシアさんを見てみると泥のような色のスライムと混ざっていた雑草がへばりつくようにして巻き付かれた腰から下についている。あれはおそらく中まで汚れているんだろうな。

 同時に俺はレフテンシアさんからすさまじいまでの怒気を感じ取った。


「許しません。あのスライム...。もう私はどうなってもいいんです。この汚れの仇は私がとります。私がとらなければなりません。」


 マナの高まりを空間の歪みとして目視した俺はレフテンシアさんのマナ形質が雷であったことを思い出してかなり状況がまずいことを理解する。逃げなきゃやばい。


 (細胞活性 『時間加速』)


 時計の怪物の細胞を意識して、力を魔術の形に落とし込む。時計の魔術で俺は自身に流れる時間を早くした。そしてその場から走り去る。


「速っ。てか、なんかフォームいいわね!」


「どこへ行くんだ?」


 後ろから三十木とメデアナさんの声がした。悪いな、俺には助けられない。


 そして空に白色の魔術式が展開された。


「遍くすべてを吹き飛ばせ。 『天鼓、雷鳴!』」


 辺りが光に満たされた。遅れて轟音が響き渡り、雨が降り注いだ。そして、そこにいたはずの液体トカゲは見る影もなくなっていたのであった。

 

 雨みたいに降り注いだ泥色スライムの残骸を遠くから見ながら俺は思った。この人は怒らせたら終わりだな、と。



 



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