第6話 「次【無限の塔】に行く人間を、今からみんなで決めよう」

 頭を抱える。

 俺が小金井を文字通り”処刑”したのはすでに周知の通りで、あまつさえ視聴者も理解しているところである。すなわち、日町さんにコメントの野次が飛ぶことは必至。

 

 即座に彼女の配信をマルチタスクで開く。どうやらまだ眠っているらしかった。もはや気絶に近いのだろう。まだ目を覚ます気配はない。 


 ……彼女が目を覚ます前に、どうにかしなければいけない。

 どうやって? 足りない脳みそをフル回転させたところで、下らない案ばかりが脳に浮かぶ。結局一番現実的なのは、俺が直接【無限の塔】に赴いて、小金井に謝罪することくらいで。

 

 ……無理じゃん。

 どうしようもなさに、がくりと崩れ落ちそうになる。

 

『特に鴨川ァッ! テメェ覚えとけよ……。お前が瀬川と田村に「離すな」っつったせいで、あいつらがやる気になったんだろうがッ! お前殺すからなぁ、日町さんも、どうなっても知らねぇからなぁ! おい聞いてんのかよ、聞いてんだろ? 答えろよ、おいッ!』

 

 歯をむき出しにして、よだれをダラダラと垂らしながら醜悪な顔で彼は叫ぶ。

 底知れぬ憎悪にあてられ、その場でへにゃりと尻餅をついた。 


 ……怖え。怖えよ。なんでだよ。俺だって、やりたくてやった訳じゃなって。って、責任転嫁とか、一番クズな発言だけど。


「大丈夫? 鴨川くん……」

 瀬川が心配したように俺の背を擦る。その光景すら気に入らないのか、「……犯罪者同士、馴れ合いやがって」とどこからか憎まれ口が聞こえてきた。

 そっと瀬川が一歩引いて、すぐに俺から目をそらす。

 

 田村はイライラしたように爪を噛んでいた。

「死んでねぇじゃん……クソッ」ぼそっと聞こえてきて、なんでこいつじゃなくて俺がメインで責められなきゃなんねーんだよとか、色々嘆きたくなった。

 

 尻につく地面の心地よい冷たさに、少しずつ頭が冷えてくる。

 暴言を吐きながら果敢に日町さんを探して歩く小金井に向けて画面の前で土下座しながら、せかせかと文字を打ち込んだ。


”ごめん、本当にごめん。いくら謝ったって足りないくらいだ。本当にごめん。でも頼む、日町さんにだけは手を出さないでほしい。本当、彼女は関係ないから。俺の彼女でもない。全部勘違いだ。全部俺が悪い。ごめん。本当にごめん。”

”本人キタァァアア!!” 

”え、鴨川くん? これ鴨川くん!?”

”ドロドロしてきたねぇ”

”アッツwwww”

”彼女じゃないの!? へっ!? じゃあ、日町ちゃんの片思い!?”

”どんだけイケメンなんだよ鴨川”


 コメント欄が一斉に熱を帯びる。

 人々の好奇心を満たすための道具に成り下がった気分だった。コメントは更に騒ぐ。自らの望む結末になるように場を支配しようとする、駄々をこねるガキのような面倒な第三者。

 

”ほら謝ってんぞ小金井”

”え? こんな見え透いた嘘許すわけなくない? だよな、小金井”

”テメェ殺されかけたんだぞ小金井、分かってんだよな”

”許せよwwww嫉妬すんなクソガネイwwwお前は鴨川に負けたのwww受け入れて、どうぞ”

 

『う、う、ぅ、ぅるせぇええぇぇええッ!』

 顔を真赤にして小金井が叫ぶ。あまりに突然のことで、女子の一部が「きゃっ」と短く悲鳴をこぼした。

 もう、そこに彼の爽やかな笑顔などさらさらない。化け物のような顔だった。ともすれば叫びは咆哮に近かった。彼は発狂したまま、「ぁああぁああ」と唸り続けると、その場で「なぁおい? おい?」と呆れたように繰り返しこちらに何かを問いかける。

 

「いい? 許すわけないっしょ? お前な、来いよ? こっち来いよ? ちゃんと面見せて謝れよ? まさか、文面だけで満足してる? 来なかったら、分かるよな? なぁ? おい? 来るよな? まさか、鴨川は日町ちゃん、見捨てないよな?」

 今にも泣きそうな震えた声。ヒステリックな彼の様相に、教室のみんなも少し眉をひそめている。根源的に恐怖を感じさせる不安定さだった。


 その時のことだった。

”小金井、後ろwwww”

 そのコメントが、流れたのは。

 

 ぺたぺた。乾いた音が教室中に響く。何重にも重なって。それは音の反響では決してなく、いくつもの足音が紛れもなく画面の中で響いていた。

 浅い呼吸を繰り返して、小金井が血走った目でゆっくりと振り返る。

 

 彼よりもより血走った目が、いくつも画面上に並んでいた。

 グロテスクなほどに充血した眼球は半分ほど瞼からこぼれ落ちていて、その瞳孔はたしかに獲物を捉えていた。浅緑の肌に、血に飢えた獣のよだれが滴り落ちる。 


 5匹の醜悪なゴブリンが、小金井をみて、鋭い牙を見せつけるように笑った。


 張り詰める緊張感。上がるボルテージ。

 

”キタァァッァアアアア!!”

”逃げろ小金井ぃぃぃいいい!”

”鴨川を倒すんだろ、ここで死ぬな!!”

 

 ステージが熱狂の渦に包まれるほど、リングの中は急速に冷めていく。

 

『あ、あ、あ…………』

 つーっと、小金井の瞳から涙が一滴溢れるように滴った。ぴくぴくと小鼻が動く。小金井は『くそぅ』と震えた声で吐き捨てると、号泣しながら発狂して、更に怒鳴りながら走り出した。


『ふざけんなぁぁぁぁぁああ! 鴨川ぁ、絶対に来いッ! 今来いッ! 助けに来いよぉぉぉおおッ! 謝るくらいなら、こっち来いよぉおお!! 殺す、絶対に殺すッ! 生き延びて、絶対に殺してやるからなぁぁああッ!』

 

「……ひっでぇ」

 呆れるように、あるいは恐怖をごまかすように、野球部のエース候補が坊主頭を撫でながら鼻で笑った。


「もう、やだぁ」なんて、隅でうずくまっている女子が嘆く。


「小金井……」心配するように名を呼んだのは、相良颯太軍の一人、センターパートの小松だった。

 

 小金井は逃げる。逃げる。逃げ続ける。あるいはそのまま、たしかに逃げきってしまいそうな程の勢いだった。

 

「と、いうわけで」

 パンッ、と手を叩いて注目を買ってみせたのは、やはり肥前くんだった。

 彼は含みのある笑みを浮かべると、淡々とまとまりのない2年7組に告げた。


「コンティニューの時間だ」と。「次【無限の塔】に行く人間を、今からみんなで決めよう」

「みんなで? っつーと?」寺の跡取り坊主が、他人事のようにのほほんと聞く。肥前くんはちらりと視線をこちらに向けると、菩薩のような笑みで答えた。


「多数決だ。たった今から匿名で、小金井含む四人を助けに【無限の塔】へと行くに相応しいと思う人間に、それぞれ投票してもらう。多く票を得た五人を選出し、アピールタイムを挟んだ後、本投票を行う。予選投票はすぐ、五分後。それまでに、誰にするか心の内で決めておくといい」

 

 バクバクと心臓が唸っていた。場所が場所じゃなかったら、多分吐いていた。なんでこんな、あからさまな。気が動転して、その場で転げそうになる。

 俺を除き、35名。その全員の視線が、俺の方に集まっていた。


『絶対に殺すからなぁぁああ、鴨川ァァああッ! こっち来いよぉぉぉオオオ!』

 小金井の痛烈な叫びが教室中を駆け抜けて、容赦なく鼓膜を揺さぶった。

 



 

ClassmateFile.04――――――――――

小松祐希こまつゆうき 17歳

 相良颯太の友達。サッカー部ベンチ。クールを気取り、やる気なさげに振る舞っているが、家に帰ってからの自主練を欠かしたことはなく、悔しさで泣いた夜もある。プレーは堅実だが爆発力がない、と監督に言われ、「爆発力」の意味不明さに頭を悩ませている。目立った特徴はない凡人。センターパートも流行りに乗っただけ。

[力]C [速度]C [判断力]D [迷宮適性度]C [凡人度]A

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