第2話 「あっけねぇ……」

「……どうなんだよ、鴨川」

「そうだよ、颯太くん、ずっと日町ちゃんのこと好きだったのに!」と颯太の取り巻きみたいな女が吠える。

 それを「ちょっと黙っててくれ」と諫め、颯太は勢いよく俺の胸ぐらを掴んだ。


「なんで……なんで付き合ってたくせに、日町さんのことを助けなかったんだよ」

 腸が煮えくり返る。責められる筋合いなんてないと、心底思った。強く睨み返して、胸ぐらをつかむ腕を振り払う。


「別に付き合ってるわけじゃない。……そっちの勘違いだ」

「……だったら、俺にもまだチャンスがあるんだよな」

 颯太はそう言うと、リュックを背負った。教室中が唖然とする。肥前くんが「面白くなってきたなぁ」とにやにや笑っていた。


「助けに行く。……お前が行かないなら、俺が日町さんを助ける。来なくていいぜ、お前は」

「ちょ、颯太くんっ!」

 教室を颯爽と去っていく彼の背を、取り巻きの女の子も追いかけていく。

 

 ああ、頭が痛い。なんて馬鹿ばっかりなんだ。あまりにも馬鹿馬鹿しすぎて笑いたくなるほどだった。

 再度静寂が訪れる教室に、誰かのスマホのスピーカーから声が流れる。


『……会いたいよ、鴨川くん』

 それは気絶した彼女のうわ言だった。

 小っ恥ずかしいセリフを彼女は更に口にする。

『好きだよ、鴨川くん……』


「こりゃ傑作だな。どうだよ鴨川、気分は」

 肥前くんに質問を投げかけられ、俯きがちに押し黙る。こんな状況じゃなきゃ最高だった。くそほどのぼせ上がっていたはずだ。隣に日町さんがいて、寝言で俺を好きだと呟く。ああ、なんて幸せな世界だろう。

 

 でももう、俺は彼女とは会えない。彼女はすでに【無限の塔】の中にいて、一度入れば攻略するまで絶対にこちらに戻ってくることは出来ない。

 いや、たった一つだけ。……俺が、会いに行けばいいんだけど。

 

 黙りこくって何も言えない俺に、教室中から視線が集中する。

 哀れみ、好奇心、侮蔑。無遠慮な視線を浴びながら、ただただ時間が過ぎてくのを待った。


「……薄情なやつ」とどこからか冷ややかな声が飛んでくる。「ひどい。日町ちゃん、可哀想だよ」とも。

 それはお前らもだろ、なんて、言わないけどさ。


 放課後、空が赤みを帯び始めても、俺たち2年7組は誰として席を立たなかった。みんな、【無限の塔】の生放送を見ていた。

 

 しばらくすると、『新規プレイヤーー』の欄に相良颯太と取り巻きの女の子、如月和泉の名前が浮かび上がる。

 みんなぶっちゃけ、「まじか」みたいに呆れた顔をしていたが、幾人かは彼らを褒め称えた。俺を引き合いに出して、だが。

 

【無限の塔】ではスタート地点が定まっていない。颯太と取り巻きの如月和泉は早速離れ離れになったらしく、クラスの女子の誰かが「和泉ちゃん……」と心配そうに声を漏らした。

 

『助けて……鴨川くん……』

 なんてまた日町さんがうわ言を繰り返すせいで、教室に気まずい空気が流れる。

「なんで日町ちゃんレベルの女の子が、こんな……」と悪口まで飛んでくるありさまだった。 

 

 悪かったな。……つか、俺だって分かんねぇっつ―の。

 

『くそっ、日町さん、どこにいんだよ……』

 早速颯太の生放送を覗いてみると、彼は苦虫を噛み潰したような顔で嘆いていた。一緒に来た健気な如月のことは、可哀想だがノータッチだ。

 

”同じ学校のやつが一日に三人wwww”

”なんかイケメン来た。さっきの日町真琴の後追いか?”

”あー、あのクソ可愛い女の子か。二人は付き合ってる的な?”

”じゃああの子の寝言の鴨川って男は、なんなの?”

”なんかドロドロしてて草”


『……うるさいな。そんなことより、誰か情報はないのか。……日町さんの場所が知りたい』


 切羽詰まったように颯太はコメントと会話する。

 にやにやしながら肥前が画面に向かってフリックをしているのは、果たして何を考えているのか。


”おい、お前ここがなんて呼ばれてるのか知ってる?【無限の塔】だぞ”

”第一層から広さだけで言えば県一個分だぞ。会える確率は限りなく低い”

”ちなみに第二層は北海道一個分です”

”そんなことも知らずにここに来たとかwwwww”


 コメントを見て颯太は動揺したように狼狽えるが、すぐさま頭を振って歩き始める。


『それでも、探さないと』

「くっそ……颯太ぁ、お前、かっこよすぎるぜ……」

 颯太の友達であるサッカー部のちっちゃいのが、涙を拭いながら彼を褒め称える。教室もまさしく「颯太くん凄すぎ」ムード一色で、みんなが手を合わせて彼の成功を祈っていた。

 

 一方の如月和泉といえば、『颯太くん、颯太くん』と繰り返し叫びながら森の中を駆けずり回っている。この感じはそう長く持たない。

 肝心な颯太くんは彼女のことを一切気にかけていない訳だけど、本当、健気なやつだ。


”みんなで応援してるからな、まじで頑張れ颯太”

”頑張って、颯太くん”

”日町ちゃんなら今、湖畔で休憩してるよ!”

『みんな……。ほんとありがとう。湖畔ね。とりあえず、湖を探さないと。……ここは洞窟だから、外があるのか? それなら取り敢えず、ここを出ないと……』

 

 おそらくクラスの奴らが、一斉に颯太に応援コメントを打つ。

 みんな真剣な表情で画面を見つめている。颯太の画面にゴブリンの影が一瞬映ると、一気に教室に緊張が走った。


『……生身で勝てるか?』

”サッカー部エースの颯太くんなら、棍棒さえ奪えればわんちゃんあるでござる”

『分かった、ありがと。つか……もしかしてお前、五郎丸?』 

”その通りでござる。みんな応援してるでござる”

『おっけー。五郎丸って結構【無限の塔】に詳しかったよな。ナビ頼めるか?』

”任されたでござる”

 

 教室の隅の方でパソコンを広げる小太りの脂ギッシュな男、五郎丸がメガネをくいっとして何やらマップのようなものを画面に表示させる。

 すぐさま教室の数人が五郎丸に駆け寄ると、「お前、まじですげーよ」「颯太くんをサポートしよう」と彼にあやかりだした。


 いや、ね。五郎丸が開いてるそのマップ、結構ネットに出回ってるけど、嘘っぱちって有名なやつなんだけどね。……言い出せる雰囲気じゃねぇー。

 

”ゴブリンの行動パターンは単純でござる。棍棒を振る、それだけでござる。奴らは足技などを使わないでござるから、棍棒だけに集中するのがおすすめでござるよ”

『分かった、やってみる……』

 

 相良颯太は腰を落とした。構えを取る。

 ゴブリンは威嚇気味に唇の端を震わせると、『キシャァアア』と吠えながら棍棒の先を振り回した。


「きゃあああッ!?」

 クラスの女子数人が悲鳴を上げる。中でもとりわけ大人しめのおさげの女の子が甲高い悲鳴を上げていた。他の女子も抱き寄せあって薄目で画面を見ている。

 

 しかし、流石サッカー部エース。


『クソッ!』

 悪態をつきながらも、颯太はバックステップで棍棒を躱すと、すかさず拳大の石を拾って放り投げた。

 石は見事ゴブリンの額にクリーンヒットし、紫色の血が眉間から鼻筋へと滴り落ちていく。

 

「すっげえええ!」

「これだよ、これ、これが俺たちの相良颯太だっつーの!」

「野球部にほしい一投だな、今の」

 と、男子たちは大盛り上がりだ。

 

『ナイス、五郎丸。おかげで避けれた』

”無問題でござる。ほら、次が来ますぞ”


「なんかすっげーな、二人」

「ほんと、すごい! これなら、本当に日町ちゃん助けられるかも!」


 ほんと……まじで凄いな、颯太。俺もぶっちゃけ感心する。何の対策も練らず身を捨てる勢いで飛び込んだというのに、ここまでやれるやつは中々いない。格闘技経験者くらいだろう。

 

 颯太はさらに棍棒を躱して、石を投げて、ヒットアンドウェイを徹底した立ち回りを繰り返す。

 しかし――


 ゴブリンの眼光が赤くきらめく。

「あ」と声が漏れた。ゴブリンの背丈は平均以下。幼児だ。膂力は低いが感情的になりやすい。ならばまさか、暴徒化スタンピード……? 「さ、下がって、颯太くんっ!」


 って、馬鹿じゃん。声で言っても、コメントしなきゃ伝わんないって、俺……。


『――キッシャァァァァアアアアッ!』 


 息を切らしながら、急にゴブリンが颯太に飛びかかった。


『は!? っちょ!』

 ドンドンドンドンドン、上から下に、何度も何度も棍棒を振り下ろす。

 運良く尻もちをついて一撃目を逃れる颯太だったが、ゴブリンはそのすきを逃さなかった。


「や、やだ、ちょっとなにこれ!?」

「きゃあああああ!」

「五郎丸、なによあれ!? 説明しなさいよッ!」

 

 ドンドンドンドン、容赦なく、雨のごとく降り注ぐ棍棒。

 颯太は『いっ、ぁ、やめっ、やめてくっ、し、しぬっ』と棍棒を何度も身体で受け止めながらか細い悲鳴を上げていた。

 骨が折れる音どころか、折れた骨が皮膚を貫いて外に見えている。

 

 ぐしゃ、ぎしゃ。水分を含んだ音が鳴る。颯太はとうとうぶっ叩かれても悲鳴すらあげなくなって、蹲ったままで、でもゴブリンは楽しげに棍棒で叩きまくった。まるで玩具に遊ぶように、純な瞳を輝かせて、何度も。

 不幸中の幸いといえば、そのゴブリンがまだ幼かったことだろう。普通なら、今頃ひしゃげた脳漿が花開いていてもおかしくない。

 

 にしても……グロすぎ。

 

「死んじゃった……のかな?」

 空気を読まない女のせいで、クラスがしんと静まり返る。


 助けに向かった1人目、相良颯汰。サッカー部エースにして、我が2年7組の人気者。運動神経は抜群で、肥前くんを除けばこのクラスで最も腕っぷしがあったはず。

 そんな期待の1人目は、僅か十数分足らずで脱落したのだった。


”イケメン即死wwwww”

”ザマァァァァァァァ!”

”回ってきたんだよ、順番が”

”来世はクソブス陰キャでありますように”

 

 容赦なく流れるコメントに、画面の向こうにいる奴らを想像して、鳥肌が立って、でも怒りとか、憎しみとかは特別無くて、「終わってる……」なんて呟いた誰かの声に、静かに、ゆっくりと頷いた。


「あっけねぇ……」

 なんて、金髪ピアスの陽介くんも大概空気が読めないやつだと思いながらも……ほんと、呆気ない。




ClassmateFile.01―――――

相良颯太さがらそうた 17歳

サッカー部のエースにして次期キャプテン候補。司令塔として活躍。女子からの人気が凄まじく、ファンクラブまで存在する。バレンタインにチョコを50コ以上貰ったという逸話に偽りなし。日町真琴に密かに想いを寄せており、3度告白しているが全て玉砕している。

◯Status

[力]B [速度]B [技量]A [イケメン度]S [迷宮適正度]B

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