第3話 「コンティニューだよ」
お通夜ムードの教室の中、「ふざっけんなよぉ!」と誰かが怒鳴り声をあげた。
颯太と仲のいいサッカー部のチビ、お調子者の小金井だ。彼はPCの前に座り冷や汗を垂らす五郎丸を蹴飛ばすと、飛びかかって馬乗りになった。
女子の悲鳴が上がる。
「やめなよ!」だの。「そんなのしてる場合じゃないじゃん!」だの。
「やっちまえ、小金井!」と叫んだのは、男子の野球部のやつか。
いや、いやいやいや……なんだよこのクラス、世紀末すぎだって。
思わず笑いがこみ上げる。
すると、ぽん、と誰かに肩を叩かれた。
「よく分かってるな、お前」蛇のようにねっとりとした声。肥前くんだ。「今のは、笑うところだ」
「あ、えっと……」愛想笑いをして誤魔化す。……か、関わりたくねぇ。「うん。そっか」
「冴えないやつだが、見込みはある。流石、イイ女に惚れられただけはある」
軽く鼻で笑って肥前くんは俺の隣の席に腰を下ろす。あまりにも優雅に頬杖をついて、小金井と五郎丸の行方を見守っていた。
え? なんで? なんで俺の隣座った? ……緊張するんですけど。
「テメェがッ! 得意げに嘘っぱちのゴブリンの行動パターン教えっから、颯太はッ!」
「はぁああ!? 棍棒振ってただけでござるよねぇ? 何も間違ってないんでござるがぁ!?」
「テンメェエエ!!」
小金井は顔を真赤にして金切り声を張り上げると、思い切り拳を振り上げた。
女子たちが一斉に悲鳴を上げて、顔を背ける。
ああ、これは……。
「どうなると思う?」肥前くんが興味津々といった具合に、ニタリと笑って声をかけてきた。
淡々と、思ったことをそのまま返す。
「小金井の負けだ」
ドスン、と鈍い音がする。
馬乗りになっていたはずの小金井が呆気なく、身を捩っただけでふっ飛ばされて、そのまま怒り心頭の五郎丸が尻もちをつく小金井を100kgの身体で押しつぶした。
「ぷぎゃっ」なんて間抜けな声を上げて、小金井は床と五郎丸の巨体にプレスされる。
小金井が拳を振り上げる一瞬、五郎丸が膝を曲げるのが見えた。あれは身体に力を入れようとしたからだ。反撃の合図。となれば体格差から考えて、小金井に勝ち目はなかった。
簡単な話だった。
女子の数人が泣きはじめて、それを他の女子が寄ってたかって慰めている。
五郎丸はしたり顔で立ち上がると、気絶している小金井の体を申し訳程度に蹴り飛ばして、そのまま近くの椅子に座った。だいぶ息が上がっている。
男子たちは途方に暮れるように、気絶している小金井を見ていた。
「これ……死んでる!?」と、指先で小金井をちょんちょんしながら、野球部の学年順位最下位のやつ。
「なわけあるかい。生きとるわ。気ぃ失っとるだけや」と、エセ関西弁使いである銀髪ピアスのチャラ男。
「なんあみ、なんあみ」と、寺の跡取り坊主。
「やりすぎだ。謝れよ」と五郎丸の胸ぐらに掴みかかったのは、颯太グループの一人、センターパートの似合う男だ。
「いやでござる。正当防衛でござる」と五郎丸。
「テンメッ!」とセンターパートはやり返そうとするが、呆気なく胸ぐらを掴む手を振り払われて、狼狽えた。
と思いきや、五郎丸に勝ち目がないと悟ったからか、俺のもとまでやってきた。
「元はといえば、テメェが日町さんを助けに行かねえから、颯太はっ!」
……こいつ、ヤバすぎだろ。つか、颯太一派、ろくなやついないじゃん。
「ちょ、まちぃまちぃ。落ち着きなはれって。ほら、颯太くん、まだ生きとるわ」
そ↓う↑た→く↓ん→、というより、そ↑う↑た↑く↑ん→みたいなイントネーションだった。
関西弁銀髪ピアスの一声で、一気に教室が息を吹き返す。
本当だ。生きてる。虫の息だが。どうやら這いずって、洞窟の奥底に隠れたようだ。いやもう、死ぬのも時間の問題、みたいなとこ、あるけど。
暗闇で肩を上下させて、『く……そ……』と嘆いている。
「……今から行けば、間に合うか……?」
と、センターパート。しかし、「はっ」と鼻で笑う奴がいた。ギャルJK、カーストトップの女帝みたいな女だ。
「二の舞いになるだけじゃね? やめときなって。サッカー部ベンチなんだし?」
「……っち」どうやら聞き分けはいいらしい。センターパートは無力感を噛みしめるように俯くと、その場で座って、膝に顔を埋めた。「くそ、くそっ……」
あーあ、拗ねてるわ、完全に……。
この場に残る37名。全員が、この後どうすればいいのか、その答えを知っているようで、知らなかった。
行くしかない。言わないが誰もが分かっている。分かっているが、誰も言わない。だからこの重たい静寂は、この後小一時間は続くはずだった。
故にその叫び声は、あまりにも突然のことのように感じた。
「きゃあぁあああ!?」
「え、なに、どうしたの?」
「和泉ちゃんが、和泉ちゃんがっ!」
ああ、そういえば、いたなぁ。颯太についていった、メンヘラ女。
配信を覗いてみれば、森で無数の狼に追われて、転んでいるところだった。
足の皮膚を食いちぎられ、だらしない顔で泣いている。けれど運良く、いや運は悪いのだが、狼の天敵であるオークがやってきて、全身を食われることはなかった。かわりといってはなんだが、オークにおぶわれどこかへ連れ去られている。
笑っちまうくらいの地獄絵図。
教室はまさしく阿鼻叫喚。最悪な一日だ。彼らが救いに行くはずだった日町さんは一方未だにすやすやむにゃむにゃで、まだ『鴨川く~ん』と俺の名を呼んでいた。
『く……るな……』
と言ったのは、相良颯太だった。
『もう、誰も、来んな……』
すすり泣く声が聞こえてくる。颯太のものだ。だけじゃない。教室のみんなが、泣きながら配信の画面を見ていた。
『ごめん……俺、馬鹿で……』
「ちげーよ、お前はすげーよッ!」とセンターパート。小金井と共に、一番仲が良かっただろうから、ここで彼が応える権利はあるだろう。
『聞いてるか、小金井……お前、短気だから、あんま馬鹿やんなよ……』
静寂。気絶しているのだから仕方ない。
もうやっちゃってる……って、コメントしてやるのは酷か。
『小松……』ってのは、センターパートの名字だ。『お前は、さっさと彼女作れっての』
「言われなくても、言われなくても……」涙が込み上げてきたのか、小松はそれ以上何も言わなかった。しゃっくりがキツそうだった。
『いいか……もう、誰も来んなよ……』
「と、いうわけで」
パンッ、と手を叩いたのは、肥前くんだった。俺の隣の席に相変わらず座っていた彼は、菩薩のような笑みでドレッドヘアーをかきあげると、教室中を見渡して頷く。
「作戦会議だ」
「……は?」呆然と、がくりと身体から力を抜いて小松が肥前くんを見上げる。「作戦って、なんのだよ……」
「決まってんだろ?」柔和な笑みで、穏やかに、キリストを思わせるような母性をたたえて、彼は淡々と俺たちに告げた。「コンティニューだよ。行っちまった三人を、助けに行く作戦さ」
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