第5話
「はじめまして、名も知らぬお方。こちらに首切り令嬢さまがいらっしゃるおお聞きしてやってまいりました」
メイドである。
秋葉原ならまだしも、日本ではなかなかお目にかかれないメイドである。
それも茶色の髪に、黄色の目で、目つきは鋭く、主人にこびへつらうつもりすらなさそうな、クール系な、ロングスカートのメイドである。
ロングスカートは秋葉原にさえいないかもしれない。これは僕の偏見。
ともかく、メイドである。
メイドが家にやってきたと言うと、それだけで話をひとつ作れそうな気すらするが、僕の家には今、悪役令嬢がいる。
しかも彼女は今、首切り令嬢と言った。
悪役令嬢ではない。首切り令嬢である。
……ややこしいな。誰だよレビリアさんを首切り令嬢と呼びだした奴は。複数の呼び名があるキャラを覚えるほど読者はのんびりしてないぞ。
ともかく。首切り令嬢である。
捨て貴族で、悪役令嬢で、首切り令嬢である。
それは世界にひとりしかいない。
「どうも初めまして、メイドさん。僕は
「これはこれは丁寧な挨拶、ありがとうございます。こちらに首切り令嬢がいる場合はあなたを抹殺しないといけないのが悔やまれます」
「急に口が固くなりそう」
なんでこの世界の人間はみんな残虐性が高いのだろうか。
「一応補足をさせていただきますと、首切り令嬢さまはかのような通り名のように、人に嫌われておりますゆえ、保護よりは監禁の可能性が高いと忠実なる私は考えるわけです」
「そういう理由なら安心してよ。僕はレビリアさんを監禁なんてしてないからさ。ちゃんと保護を——」
「ユティの声がするわ! ユティ助けて! 私はここよ!」
「本当に監禁をしてないのですか? 忠実なる私はあなたを疑っています」
僕の背後から、レビリアさんの悲鳴。
それを聞いたメイドさんは、長いスカートを翻し、僕の胸を蹴飛ばして倒すと、そのまま首にナイフを突き立てた。言い訳を言う余地すらない。
「ま、待ってください。これには深いわけがあってですね」
「ほう。語ってみてください。忠実なる私は六文字しか耐えられそうにありません」
「彼女箱埋不動」
***
どうにか通じた。
漢字六文字だから換算されるかどうか不安だったが、そこは融通が利いたらしい。
「おお、お嬢さま。本当にそのような哀れな姿になってしまったのですね。忠実なる私は泣くことしかできません!」
「やったわ、ようやく私のことを可哀想って言ってくれる人が来たわ!」
ナイフをおさめてくれたメイドさんを家の中に案内する。
ダンボールの中に入っていたレビリアさんを発見すると、メイドさんは途端に黄色の目から滂沱と涙を流し始めたのである。
レビリアさんも、メイドさんに気づくと動けないなりに両手を開き、近寄ってくる彼女と抱き合った。
主人と主従。
令嬢とメイド。
その関係にしてはどうも近しい関係性に思えた。それこそそう、仲良しの幼馴染のような。
「紹介するわ、平民」
抱きついたままレビリアさんは言う。
「彼女の名前はユーティ・イン・カードボード。私の姉で私のメイドよ。ユティって呼んでちょうだい」
「どうも初めまして平民さま。忠実なる私は首切り令嬢さまの姉でメイドをしております。このたびは、お助けいただき、ありがとうございます」
「いやね、ユティ。私のことはお嬢さまでいいと言ってるのに」
「申し訳ありません、お嬢さま。お探しになるときに知ってるかどうか反応が分かりやすくつい使ってしまいました」
「偉いわユティ。さすがは私のメイド」
「ありがとうございます。忠実なる私は喜びでいっぱいです」
「うふふふふふふふふふふ」
「ふへへへへへへへへへへ」
「ちょっと待って。説明をもらっていい?」
仲良く笑うふたりを、僕は思わずせき止めてしまった。
「姉だって? レビリアさんのメイドが?」
「なにかおかしいことがあるかしら。名家のメイドは格の低い貴族の子がするのが世の常でしょう?」
「格が低いというか、同じ家の家族だろう」
「いい、平民? この世の格というのはね『私か、私以外か』で決まるのよ」
胸に手を添え、自信満々に言うレビリアさん。
「せめて妹だったらまだ受け入れられたんだけどな」
「まさかおにぃが旧世代の人間みたいなことを言うなんて」
「レビリアさんたち自体旧世代じゃん。あっちは中世ヨーロッパだったのに」
「中世ヨーロッパ風の異世界だよ、おにぃはジャガイモがあるのがおかしいとか言いだすやつ?」
「一応補足しておきますと」
入留に怒られていると、ユティさんが屹立のまま口を開いた。
レビリアさんの斜め後ろ。護衛の位置。主従の位置。
「忠実なる私も一応いますカードボード家は代々『美しい金の髪』の家でありました」
それはもう、わざわざ家紋を金の髪にするほどです。とユティさんは言う。
「無論、ありました。と過去形なのはこの忠実なる私が茶色の髪だからです」
髪の毛をいじるユティさん。どこにも金の輝きのない茶髪。
「両親は最初不倫を疑い三日三晩殴り合ったようですが、どうやら突然変異の変色であることが分かると、幼い私を幽閉することにしました」
「どうして」
「そりゃあもちろん、髪の色が茶色だったからです」
当然でしょう。とユティさんは言う。
目が笑っている。
ここは笑っていない方が良かった。
なにせ、ユティさんもそれが「当然だ」と思っているということだからだ。
美しき金髪の一族。
だから、茶色はいらない。
殺していないのはせめてもの優しさだったのだろうか。
「そうして暫く幽閉されていますと、外から赤ん坊の泣き声が聞こえてくるようになりました」「それはきっと、私の妹か、あるいは弟です」「ははあ、なるほど。忠実なる私がいないので新しい子供が必要だったわけですね」「いえ、当時は忠実ではなかったですね。誰にも勤めていなかったわけですし」「ともかく、外から聞こえる声を聞きながら毎日を過ごしました」「この部屋に閉じ込められなかったということは、きっと私の妹か弟は金髪だったのでしょう」「そんなことを考えながら」
そして、2年前でございます。とユティさんは続ける。
「私の部屋の扉が勢いよく開かれました。珍しいこともあるものだと扉を見てみると、見知らぬ女の子が立っていました」「見知らぬ女の子ですが、その正体はすぐに分かりましたよ」「なにせ、恐ろしく美しい金髪だったのですから」「なるほど、私の妹なのだと」「私にはない髪をもって、喜ばしいばかりだと」
ユティさんは当時のことを思いだしながら、うむうむと頷く。
「お嬢さまはおっしゃいました」
『ふうん、あなたがこの私の姉ね』『本当に茶色の髪じゃあない』『知らなかったら到底信じられないけどパパとママがそう言うのだから、きっとそうなのね』『はじめまして、お姉様。私はレビリア・イン・カードボード。あなたの妹です』
「私は尋ねました」
どうしてここに?
「お嬢さまは答えました」
『気になったから。私のお姉様は一体どんなものなのか』
「私はさらに尋ねました」
両親はよく許可してくれましたね。
「お嬢さまはこう答えました。覚えていますか?」
「『いいえ、だから首を切り落としたわ。だって私がこの部屋に入るのを邪魔したのだもの』」
首切り令嬢ここにありであった。
もはや呆れるぐらいしかできない。
「そして新しいメイドが欲しかった私は、ユティを私のメイドとして雇うことを決めたの。ずっと幽閉させてるのもかわいそうでしょう?」
「はい。忠実なる私はそれからずっと、お嬢さまの側近として勤めております」
ぺこりと頭をさげるユティさん。
色々複雑なことがあったらしいが、レビリアさんが力ずくでどうにかした話……ということだろうか。両親が死んでしまってるけど。
「じゃあ、ユティさんはレビリアさんを連れて帰りに?」
「いいえ」
ユティさんは頭を振る。
「お嬢さまの命をを狙うものがこの世界にもいるので、守りに来たのです」
それは。
まあ、狙われて当然なのでそこまで驚くことはなかった。
本当?
ダンボールの中に悪役令嬢が入ってた 空伏空人 @karabushi
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