第4話

「平民。私がこの世界で、このままでも平穏に暮らせるようにお世話なさい!」

 さて。

 ダンボールにハマっている彼女のお世話をすることになったわけだけれども。

 しかし、彼女のお世話とは一体全体、なにをすればいいのだろうか。

 車椅子を押すがごとく、甲斐甲斐しくダンボールを持ち運ぶとかだろうか。ううむ。


「レビリアさん」

「どうしたの、平民」

「お世話をするのは別にいいんだけど」

「良いとか悪いとかじゃあないわ。やるのよ」

「熱い展開に向かうためのセリフじゃん」

 この話でそんな熱い話になるとは思えないけど。


「一体どんなお世話をすればいいんだ?」

「そうね……」

 レビリアさんは口元に細い指を添えて考えこむ。

 そして自然な所作で、手のひらを上に向け、僕の前に出した。


「これは?」

「なにか私を楽しませるものを差しだしなさいって意味よ」

「暴君じゃん」

「私はいつもこうしていたし、侍女たちは察して動いてくれてたわ。面白くなかったら舌を切ったりしたわ」

「暴君じゃん」

 忘れてた。この子は首切り令嬢なんて呼ばれていて、処刑されそうになっているんだった。

 そんな子にヒロインはムリじゃあないか?


 そんなことを考えてた時だった。

 不意に。

 彼女の腹から、ぐううう。という腹の虫が鳴いた。


「…………聞いた、平民?」

「聞こえた」

「こういう時は両耳をそぎ落として私の前に差しだすものよ、聞いてしまい申し訳ありませんと」

「お世話をやめて外に捨ててくるべきかな」

「冗談よ冗談。暴君なりの和やかジョークじゃあない」

「自分で自分を暴君と言ったらおしまいだよ」

 ため息をつく。

 ひとまず、お世話のひとつは見つかった。


***


 僕はレビリアさんをダンボールごと抱えて、部屋を出る。

 居間にいけば何かあるだろうというもくろみである。


 レビリアさんはもう僕に抱えられることになれてしまったのか、さながらリクライニングチェアに背中を預けるかのように、僕の胸にのたれかかっている。

 人を使うことに慣れているし、人になにかしてもらうことに無遠慮な子だ。

 図々しい子。

 まあ、貴族というのは図々しいものなのかもしれないから特に気にはしない。

 居間の扉を開く。

 果たして、居間では妹が犬と遊んでいた。

 扉が開いた音に気づいた妹は振り向き、ダンボールと、ハマっている貴族に気がつくと目をまん丸にさせた。


「おにぃ、うちには貴族を飼うだけの余裕はないよ」

「その余裕はどこの家にもないと思うよ、妹」

「私を飼うで話を通してない、この平民たち」


***


 犬二匹をゲージに戻した妹に、僕はこれまでの経緯を微細に語った。

「実はね、ふんふんふん」

「なるほど。落ちてた貴族を拾ってみたら悪役令嬢で処刑されそうだから家で預かってると」

「そういうこと」

 妹は悩むように腕を組んでから、レビリアさんの方を見る。


「おにぃ」

「なに?」

「前話の終わりで『困るのは僕ぐらいだ』って言ってたけど、私がいたら僕ぐらいじゃあないんじゃない?」

「しょうがないよ、その時はまだ妹がいる設定はなかったんだから」

 作劇の都合である。

 こちとらプロットのひとつもないのである。


「しかし、悪役令嬢なんて本当にいるんだね」

「悪役令嬢がいるんだ。もしかしたらチュパカブラだっているかもしれないな」

「え、マジ? 飼いたい!」

「犬がいるのに無茶言うな」

「えー、つまんない」

「悪役令嬢で我慢しなさい」

「しょうがないなぁ」

 半ば捨て犬みたいな扱いで家に置くことが決まったレビリアさんであった。


 くだんの彼女はといえば、会話に参加することなくゲージの中にいる犬2匹をキラキラと輝く目で見ていた。


「おお、おお。この煌びやかな犬はなに、平民!」

「煌びやか?」

「耳の下とかすごく煌びやかよ!!」

 レビリアさんは僕の方を向き、両手を耳の下に垂らしてみせた。


「ああ、パピヨンはそういう毛の生え方をするんだよ」

「パピヨンというのね、気に入ったわ。私の手を舐める許可をあげる」

 パピヨンはかのマリーアントワネットを魅了した犬種である。

 うちの2匹もどうやら貴族のお眼鏡にかなったらしい。レビリアさんは眼鏡をかけてはいないが。


 ウキウキとした高揚感をまるで隠そうとせず、レビリアさんは2匹に手を差し伸べてみたが、犬は手の匂いをすんすんと嗅ぐと唸り声をあげて大きく吠えた。めちゃくちゃ拒否されていた。


「ショック!」

「悪役令嬢でも嫌われることにショックを受けるんだ」

「人に嫌われるのは別に悲しくないわ。首を切ればいいもの」

「そんなことをするから嫌われるんじゃあない?」

 嫌われるとかそういうレベルの話でもない気はするが。


「うちの犬にそんな危険人物を近づかせるわけにはいかせませんな」

 僕はレビリアさんがはまっているダンボールを掴み、ゲージから引き離す。彼女は床を掴み抵抗を試みたがあっさりと引き離すことができた。貴族の腕力というのはもろいものらしい。


「平民、私がこの箱から抜けでることができた暁にはあなたも同じ目にあわせるからね。可愛い可愛いパピヨンに手が届かないまま馬に引きずられてそのまま四肢を裂かれるの」

「ひとつかふたつ余計なんだよなさっきから」

 レビリアさんはそれこそ親の敵でも見るかのような目で僕を睨んでくる。うちの犬をそれだけ気にいってくれて助かる。


「妹にも話を通したから。レビリアさんがここに住むのは問題ないって」

「こんにちは、悪役令嬢さん。私は段瑞きだみず入留いるる。不承不承おにぃの妹をしています」

「カードボード侯爵家のひとり娘、レビリア・イン・カードボードよ。喜びなさい、平民の妹、私が名前を覚える名誉をあげるわ」

「わあい」

「レビリアさん、僕の名前は?」

「あなたは不敬だから覚えないわ、下民」

「ランクが落ちた」

「ところで入留」

「なんでしょうレビリアさま」

「もう適応してる」

「あなたが言ってる悪役令嬢っていうのは、なんのこと?」

 入留はうーん。と天井を見上げながらうなる。


「レビリアさま、怒ったりしません?」

「なにを言ってるの。私の心は海より広く沼より底なしよ」

 アスファルトの溝より狭くて浅いと思う。


「私たちの世界には『悪役令嬢』ものというジャンルがありまして」

「ふんふん」

「レビリアさんはその悪役令嬢がピッタリだったので」

「なるほど、つまり優雅で優美で模範的で美しい存在ということね」

「いや、誰かをいじめて人を貶し、未来処刑されることが確定しているほど嫌われている存在のことだぞ」

「私がそうだと!?」

「わりと」

「…………」

 レビリアさんは言い返してこなかった。

 わりと自覚はしていたらしい。


「あ、でも悪役令嬢っていうのは皆だいたい悪いやつだと勘違いされてるだけで本当は良い子だったりするんですよ。レビリアさま」

「首切り令嬢って呼ばれてるらしいし今までの言動的に後戻りはもうムリじゃないか?」

「悪役令嬢と首切り令嬢どちらで呼ばれた方が心に余裕ができるかしら……」

「そんな二者択一になったことはないからなぁ」


 そんなときだった。

 ぴんぽんとチャイムが鳴った。

 誰だろうか、通販でも頼んだっけか。


 玄関に向かい、扉を開く。

 玄関には、メイドが立っていた。


 呆然とする僕に、メイドはぺこりと頭を下げる。恭しく。礼儀正しく。

「はじめまして、名も知らぬお方。こちらに首切り令嬢さまがいらっしゃるとお聞きしてやってまいりました」

 

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