第3話
ダンボールにはまっている貴族がいた。
引っ張ってみても抜けなかったから、あえて押し込んでみたら抜けた。
その代わり、僕がダンボールにはまってしまった。
前回までのあらすじ、以上。
「どうなってるんだ?」
僕はダンボールにはまったまま、ひとりごちる。
「それは箱にはまってることに? それとも、さっきまでと違う場所にいることに?」
「どっちも」
「安心しなさい、平民」
レビリアさんは堂々と胸を張りながら、手を添える。
「私も初めて箱にはまったときも、そんな感情だったわ」
「そんなところで先輩風ふかされるとは思わなかったよ」
「先輩として、否。貴族として困ってる平民を見捨てることはできないわね。ノブレスオブリージュるわ!」
ここは私の家よ。
レビリアさんはさも当然のように、そう言った。
私の家……?
僕は胸を張りながら手を添えているレビリアさんの背後にある豪邸と噴水のある庭園を見る。
「本当に貴族だったんだ」
「疑ってたの?」
「身なりだけかと」
「うふふ、ひとめ見れば貴族と分かる見目麗しさが私にはあるのね!」
「ポジティブだなあ」
しかしどうやら、彼女が貴族というのは本当らしい。
つまるところ、首切り令嬢と呼ばれているのも恐らくは本当で。
彼女が処刑されそうになっているところを逃げだしたのだというのも、本当なのだろう。まさかそんな嘘をつく必要はないだろう。
「ねえ、レビリアさん」
「どうしたの平民。私は今、この箱から解放された喜びに身を任せているのよ!」
くるくるとスカートをたなびかせながら回転するレビリアさん。
本当に嬉しそうだ。
その喜びに水をかけるようなことを言わないといけないのが少し心苦しいまである。
「レビリアさんは処刑されそうになっていたんだよね」
「そうよ、いい迷惑ね。首を切り返してやりたいところよ」
「じゃあここにいたら危ないんじゃあない?」
レビリアさんの体がピタリと動きを止めた。
プルプルと震え始める。
「そ、そうよ平民! こんなところにいたら殺されてしまうわ!」
慌てたようにレビリアさんは僕がハマっているダンボールを持ち上げた。
「軽いわね、平民。食事も取れないぐらい貧乏なの?」
素直に心配されてしまった。レビリアさんの時もそうだったけど、やはりダンボールに入っている間は、ダンボールの外にある体分ぐらいしか重みはないらしい。
「どこに行くの、レビリアさん」
「決まってるでしょ。逃げるのよ!」
僕を抱えたまま、レビリアさんは庭を横切り、端っこまで移動する。
すると、高い高い壁にたどり着いた。足元を見てみると、小さな穴が空いていた。恐らくこれが、ジェシさんが逃げだすときに使ったという穴だろう。
「この穴を通れば、家の誰にも気づかれずに外に出れるはずよ!」
レビリアさんはダンボールにハマっている僕を穴から通そうとするが、穴はダンボールのサイズと殆ど同じで、僕の体も足してる状態では通ることができない。
「もう! 上半身切り落としたら抜けれるかしら」
「物騒」「そんなことしなくても、僕の体をダンボールの中に押し込んだらいいんじゃあない?」
「私を押し込んだときみたいに? 任せなさい」
レビリアさんは僕を地面に置くと、腕まくりをして僕をダンボールに押し込んだ。
やはり。
僕の体はレビリアさんと同じようにするすると、ダンボールの中に沈んでいく。僕の体は浅いダンボールの中に沈み、押し込んでいたレビリアさんも一緒に、ダンボールの中に沈んでいった。
***
気がつくと僕は自分の部屋にいた。
ダンボールの中にはまっていた下半身で立っている。
代わりにレビリアさんがまた、ダンボールの中にはまっていた。
「なんでよ!」
天井を見上げながら叫ぶレビリアさん。
やっぱり。
レビリアさんはどうやら、ダンボールを通じて『自分がいた世界』と『僕がいた世界』を行き来することができるらしい。
行き来する条件は、誰かに押してもらうこと。
押した相手は彼女の代わりにダンボールにハマることになる。
果たして、どうして壁の穴を通り抜けようとした彼女がダンボールにハマっているのか。ダンボールを押すのは誰でもいいのか。
そもそもこの現象はレビリアさん自体に理由があるのか。
それとも、ダンボールの方に理由があるのかとか、疑問はいくつか残るが、とにかく『異なる世界を行き来することができる』『その際は誰かがダンボールにハマっていないといけない』のは確からしい。
「……あなた今、面倒なことに巻き込まれちゃったなぁ。みたいな顔をしなかった?」
「しました」
「まさか、私のことを見捨てるつもりじゃあないでしょうね……?」
レビリアさんは僕のことを睨みながら、腕を組む。
「平民、あなたに私を助ける許可を与えたの忘れたの? はやく私を助けなさい」
「すごい傲慢だ」
助けてほしいという立場だとは思えない。
僕はうーん。と唸る。
助けなさいと言われても、現状レビリアさんをダンボールから引っぱりだす手段がない。
それに。そもそも。
「でもレビリアさん」
「歯向かうつもりね。いいわ、貴族の懐の広さを見せてあげましょう」
「今のままの方がレビリアさんにとって得じゃあないの?」
「首を切るわ」
「懐浅いなぁ……」
「言い訳の一単語ぐらいなら聞いてあげる」
「現状維持得」
「聞き遂げたわ」
「しかも聞くだけだ」
「私はいつだってこうしてきたもの!」
「この子助けない方がいい気がしてきたな」
ため息ひとつ。
「レビリアさんは処刑されそうだから逃げて、そしたらこうなってたんだよね?」
レビリアさんは頷く。
「だったら、安全地帯にいれる今の状態を受け入れた方がいいんじゃあない? どうしてダンボールにはまってるのか分からないのに、ムリに引っ張りだそうとしてまた元に戻るのも損じゃあない?」
「……それもそうね」
しばらく考え込むような素振りを見せてから、レビリアさんは2回頷く。
「平民にしては賢いじゃあない。学校に通ってるの?」
「高等学校に少々」
「こ、高等!?」
レビリアさんは僕の顔をじろじろと見つめながら、怪訝な顔をする。
そこまで賢そうには見えないけど?
顔がそう語っている。
「とにかく、平民の言うことにも一理あるわ。私をこの箱から出すのは後回しよ」
ビシッと、僕の顔を指さしてくる。
「平民。私がこの世界で、このままでも平穏に暮らせるように世話なさい!」
どこまでも高慢さをごまかそうとしない彼女である。
しかしそれぐらいならまあいいだろう。拾ったのは僕だし、困るのは僕ぐらいだ。
「喜んで、レビリアさん」
「そこはちゃんと傅きなさい」
「手厳しいな、貴族」
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