7
「驚いたな……。なんでその名前を知ってるんだ?」
そう返すりく先生は、いつもと少し様子が違って見えた。思わず素の部分が出てしまったのかもしれない。
それよりも問題は私の質問だ。なぜかパッと頭に浮かんだ人名。先生の反応から正解を引いたと感じたが、自分でもそれが誰を指しているのかわかっていない。どうして私は「七星」という名前に辿り着いた…?
「え、えーと、知っているわけじゃなくて、その、当てずっぽうというか勘というか…」
「勘だとしても、無意識的に判断材料を組み立てていたんだ。その過程、すごく気になる。教えてくれないか」
普段の茶目っ気は見えず、いつになく真剣な声色だった。思わずその雰囲気に気圧されてしまう。
私は少し考え込み、周りの生徒が居なくなったことを確認して話し始めた。
「…★のシールはただ単に不思議の目印とも取れますけど、それなら『?』のシールとか、何かしら不思議に関係のあるマークを選ぼうと、私だったら思うんです。
ただの考えすぎかもしれないですけど、でも、ここまで来るうちに、どことなく不思議を作った方と私は価値観が似ているような気がしました。
私と同じ価値観なら、何の意味もなく★マークを使うはずがない、と。
それで、★に意味があるとするなら、不思議全部で星が七つ、『七星』となる…と考えたのかも…しれません……」
言葉にして出していくと案外頭が整理できてスッキリした。それに、結構納得のいく答えではないだろうか。
ちらと先生の顔を伺うと、再びさっきと同じような驚き方をしていた。短くも長く感じる沈黙に、少し不安になってくる。
「…あの、間違ってましたか」
「いや……俺にはわからない。でもその考えは確かに当たってそうだ」
わからない?なんで?
「え、いやあの、先生が作っ、七星さんじゃないんですか?」
「…?先生は中井だよ。中井陸。あれ、言ってなかったっけ」
嘘…え、っていうことは犯人(作者)は二人いたってこと!?そんなのわかるわけ…いや、機械に詳しいって点で作者は理系だと考えられるのか。英語教師の陸先生は文系、その食い違いから二人目の可能性。いやでもでも、陸先生が単に機械に詳しいだけとも考えられるんじゃ……。
んんあーもう、つまり私にはわかりようがなかったってことじゃん。なんか悔しい…。
何も言わず呆けている私を見て「ふふっ」と笑みをこぼし、陸先生は話を続ける。
「実を言うと★のマークの真意は先生もわからないし、そもそもそんなこと気付きもしなかったんだ。主犯は先生じゃないしね。
…だから、本人に聞こう。今日の夜、時間ある?」
「あ、はい…ありますけど…」
「じゃあ、二十時くらいに正門前に来てくれないかな。あいつも呼んでおくから、三人で、話をしよう」
そう言った先生の声はどこか嬉しそうな、楽しそうな調子だった。
一時帰宅し、夕飯を食べてから二十時の三十分前に家を飛び出る。時間に余裕があるというのに、なぜか歩調は遅刻ギリギリの登校時よりも速くなっていた。
五分ほどで正門前に到着する。さすがに早すぎたか、と思ったが、待つこと数分で陸先生の姿が見えた。
「ごめーん、お待たせ。早いねぇ。こっちも早く済んで良かったよ。
じゃあ行こうか」
「?どこへ?」
「いつもの場所。すぐそこだよ」
そう言って歩き出す先生に離されないよう付いていく。心なしか、彼の歩調も速くなっている気がした。
いつもの帰り道とは反対方向に、坂道を下っていく。一つ目の交差点を曲がって学校の裏手の方へ。道なりに歩いていくと、その脇に自販機が見えた。
初めは気付かなかったが、その自販機の後ろは休憩スペースになっていて、そこにはまるで自販機に隠れるようにベンチが置かれていた。ここがいつもの場所らしい。
本当に学校のすぐそこだった。歩いて二分とかからないくらいの距離だ。
「学生の時に、ここで話し合っていたってことですか」
「そう、当たり。意外とね、バレないんだよ、ここは」
そう話しながら先生は自販機で飲み物を買う。続けて私の分も買ってくれた。
「さて、あいつが来るまでまだ三十分くらいあるけど…何か先に聞きたいこととかある?俺で良ければわかる範囲で答えるけど」
私はベンチに腰掛けホットミルクティーを飲む。先生は腰掛けずに立っていた。このベンチは二人座るともう窮屈になるというほどの幅だったため、気を遣ったのかもしれない。
ホットミルクティーで体が温まるのを感じてから、私は質問を始めた。
「確証がなかったんですが、図書室の『七不思議の掟』は不思議に入るんですか」
「うん、入るよ。順番的に一番目の不思議だね。
というかよく見つけたね、何のヒントもないからホントに運任せなんだけど」
「ええ、偶然見つけました。ホント運でした」
それから疑問に思っていたことを聞いていった。石膏像の穴のことや、蔓の調整は陸先生がやっていたのか、鏡をどうやってバレずに加工したのかetc...逆に男子トイレの調査をどうやってしたのか聞かれてしまったが。
質問が途切れたタイミングでふと思い出し、回収してしまっていた青い
「すいません、持って帰っちゃって」
「いいよ、こういうものだし。後で俺が戻しておくよ」
と許しを頂いたところで、あることに思い当たる。
「…あの、先生は私が不思議を探してるって、いつから気付いてたんですか」
あの時の彼の驚きは『七星』発言に対するもので、私が不思議を探していたことに対してではない。そこが少し疑問だったのだ。
「あぁ……最初は、藤棚の辺りかな。実は倒れちゃうより前から、中庭によくいるなぁ、もしや七不思議に気付いたのか?って思ってよく見てたんだよね。
そしたら熱中症で倒れちゃうもんだから、焦って駆け付けたよ。まさか……あんな風に被害が出るとは思いもしなかった。本当にごめんね」
「い、いえ…無理した私が悪いんです。ホント気にしないでください」
「そうか、ごめん、ありがとう。
…それで、中庭の次に職員室に来ることが目立って、あの懐中電灯を回収したところで確信したって感じかな」
あの時感じた視線や、目が合ったのもそういうことなのか。
「なるほどです」
私はもうすっかり冷たくなってしまった残りのミルクティーを勢いよく飲み干した。
その後、今度は先生の方から裏話的なことを聞かせてもらった。あいつのメモを盗み見して共犯者になったとか、実はここの教師になることを狙っていたとか、長期休みの時に★シールが剝がれていないかチェックさせられているとか、蔓の調整は影を見ながら毎度毎度、手作業でやっているとか、半分愚痴の内容でなかなか面白かった。
ふと気になり、質問してみる。
「ここの教師になるまで年単位で時間がかかったと思うんですけど、その間、藤棚の不思議は放置だったんですか」
「うん。腕の調整をしなくても素で人影ができるようになってたし、ルールは守ってるはずだからね。完成度は下がるけど、本来の不思議としては成立してたからOKじゃないかな」
それもそうか。確かにルールには逆らっていない。
「あ、でもね、ここに赴任して来た時にある問題を見つけちゃったんだよね。それがこの、懐中電灯なんだけど…何かわかる?」
「え……あ、電池切れですか」
「正解~。これ、一か月に一、二回の周期で音が鳴るようになってるんだけど、六年くらいしか持たなくてここに来た時にはもう電池切れちゃってた。取り替えが楽で助かったよ」
機械仕掛けは楽な反面、永久的ではない。きっとこれからも似たようなトラブルが起きるのだろう。でも、なんだかそういうのも楽しそうだ。さっきの先生も、愚痴を言いつつもその実嬉しそうに話していた。
時刻は二十一時になったものの、未だ例の七星さんは現れていない。しかしそんなことは気にせず、私達はまだまだ話しを続けていた。
「あとこれ、聞いてみたかったんですけど、どうして不思議を作ろうと思ったんですか」
「うーーん。難しいね……」
陸先生は暫く黙り込んだのち、こう続けた。
「……多分、自分の足跡をカタチとして遺したかったんじゃないかな。
学生でいる時間って、長いように思ってても、いざ終わってしまうとすごく短く感じるんだよね。内海さんも卒業間近に実感すると思うよ。
その魔法のような時間が終わると前々から知っていたのに、ちゃんと
でもなんでそう思ってしまうか、理解っていると錯覚してしまうのか、それこそ不思議なんだ。
もしそれが解けた時、その頃を、その時間を、鮮明に振り返れるか。そのための足跡を、あいつは遺したかったんだと思う……俺目線ではね」
「………」
私は何も言えなかった。まだ実感のないことだから。でもきっと、私もそう感じるようになるのだろう。
手持ち無沙汰さにミルクティーを飲もうとするが、中身は既に空だった。
「なんか気まずくなっちゃったね。ごめん」
「いえ……
お二人は、幼馴染なんですか。すごく、仲が良さそう」
「いや、高校からの付き合いだよ。
でも、唯一の親友だ」
「…羨ましいです」
ベンチを立ち、空いたスチール缶を捨てに自販機横に出ていく。
「あの、ちなみに七つ目の不思議ってなんですか。次は先生からのヒント待ちなんですけど」
「あぁ、それはあいつが来てからに…おっと、噂をすれば、だ」
先生が向いている方向を私も見る。車のライトによる逆光の中から、ひとり分の人影がこちらに近付いて来ていた。よくそうだとわかったな…親友だとわかるものなのだろうか。
その人は息を切らしながらここまで来て、
「悪い、遅れた。はぁ、久しぶり、陸」
と。
「おう。お久~、つなぐ。
それで、この子がメールで言ってた内海さん」
「え、あ、内海です。どうも」
「え、ホントに女の子じゃん。やるねぇ。
まずは、おめでとう。俺が七星です」
遂に顔を合わせたわけだが、それほど自分の感覚に変化はない。当の本人は、
「はぁ~。仕事長引いちゃって、走ってきたんだ。座らせてくれぇ」
と、自販機でジュースを買ってベンチに座っていった。
んんん、なんか違う。なんかもっと、シリアスな感じになるかと思っていたのに。
「じゃあ俺達も二杯目飲もうか。同じのでいい?」
「……はい…いただきます…」
ホットミルクティーをちびちび飲んでいる間、二人の会話を静かに聴いていた。
近況の報告やプライベートの小話で笑い合う二人を見て、学生の時もこんな感じだったんだろうなと容易に想像がついた。そしてやっぱり、羨ましく思う。
話題が学生時代の思い出話になり、あれこれ話しているうちに最後はこの休憩場所に焦点が当たった。そしてその焦点は、次に私の方へ。
陸先生の助けも借りつつ、私はここに辿り着くまでの
そして私は遂にあのことを尋ねる。
「七つ目の不思議は、なんですか」
七星さんは先生と目を合わせ、こくりと頷いた。そして…
「「う君さがんがめきていいよよ」」
……二人同時に喋った。
「おい陸。今のは俺が言うアレだろ」
「いや、『こくり』って頷いたじゃん。今度は俺が言うのかと思ったわ」
「あ、あの…」
「はぁー。…わかったよ、陸からどうぞ」
「よしきた。ん、ううんっ。
内海さん、七つ目は……内海さんが決めていいよ」
実はさっき何となく聴き取れていた。やはりそうだったか。
「あ………はい。でも、まだなんとなくしか思いついてないですけど」
「それをこれから詰めていくんだ。あぁ、別に今日だけじゃなくてもいい。また、集まろう」
「うん。俺も仕事忙しいし住んでるとこちょっと遠いけど、実家すぐそこだから割と顔出せるよ」
「そうそう、こいつの実家、横に工房あるから何でも作れるんだよ。機械仕掛けなら心配せずに頼っていいからね〜」
「何でもは言いすぎだ。材料が手に入る物だったら、な」
私抜きでも凄まじいスピードで決まっていく予定に目まぐるしくなる。すると、七星さんの雰囲気が急に変わったのを感じた。
「さて、それで……
君は、どんな不思議が欲しい?」
どきりとし、私は中身が半分ほど残っているスチール缶を一気に呷った。
体の暑さは更に上がる。
不思議。あの時とは違う、私の理想の不思議。
お手本を見てきた私は今、どんな不思議を作る…?
「
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