6
文化祭で裏方を担当すると準備日に全てが終わるため、当日はほとんど出番がなく恐ろしいほど暇になる。荷物置き場とされた
フスーっと鼻で溜息をつく。今朝は忙しかった。クッソ重い荷物を肩に掛けながらわざわざ早めに登校し、B棟三階の男子トイレへ向かわなくてはならなかった。荷物というのは一枚の鏡で、既に調光フィルムや他の仕組みが施してある。かなり大きな荷物だが、きっと文化祭の出し物に必要なのだろう、という風にしか思われない今の時期だからこそ容易に持ち込めた。
金具の調整やら何やらを一人でやったし鏡は重いしで、今日はもう限界が近かった。お昼前にして襲ってきた睡魔に半分意識を持って行かれていたその時、自分を呼ぶ声が聞こえハッと意識を戻す。
「お疲れのようだな七星~」
ちっ、せっかく眠れそうだったのにこいつ…。
「中井、何しに来た。お前クラス違うだろ」
「いや~やっぱ友達のクラスの出し物って気になるじゃん。七星出てなかったけど」
「俺が劇をやるわけないだろ。準備はちゃんとやったんだし、当日はこうやってゆっくり休みたいんだ」
一年生の出し物は劇で、それぞれのHRで行うものと学校から決められている。残念ながら漫画やアニメでよく見る模擬店は出店できない決まりだ。公立高校だし収支管理もきっと面倒なのだろう、俺は間違いだとは思わない。しかし…やっぱりちょっと、味気ないとも思う。
「えーー。一緒に回ろうぜー」
「いや、ホント今日はもう無理。動きたくない」
「そんなに?いったい何したんだよ」
「……鏡、取り替えた」
こいつ、中井は、俺が七不思議の準備をしていることに気付きやがった唯一の同級生だ。選択授業の美術や体育でペアになったよしみで昼休みになるとよく一緒に飯を食いに来るのだが、ある日こいつは不思議の仕掛け案が書かれた俺のメモを
「鏡ぃ?あぁ、あの発注したって言ってたやつか」
「そうだ。フィルムの施工はさすがに個人じゃ無理そうだったからわざわざ家に来てもらったんだ。そんで、完成したやつを今日の朝持って来て取り替えた。めちゃくちゃ重かったよ」
「うへぇー、それで元の鏡は?」
教室の壁際に置いてある自分のリュックを指差す。リュックの後ろに置いてみたものの隠し切れないほどに大きいトートバッグの口からは、僅かに鏡の反射がキラリと見えてしまっている。うんざりした声で俺は不満を漏らした。
「あれを、今度は持って帰らなきゃいけないんだ。面倒くさい」
「ははっ、自業自得じゃ~ん。ちなみに
ちっ。正論パンチかましやがって。家も鏡は間に合ってんだよ。
「まぁ、そんなわけで今日は動けない。明日なら回れる。それでいいか」
「おっけ明日ね。じゃあ今日は、進捗の報告で」
はぁー。いつもの場所でないと誰かに聞かれそうで不安なのだが、こうして文化祭中に何もせず教室にいるのは俺達だけみたいだし、まぁ大丈夫そうか。
「……まず、美術室だが」
美術室の不思議は予定通り石膏像にする。この前、自宅横の工房で試作品を作り美術室とほとんど同じ条件で作動させてみたのだが、問題が一つ見つかった。
黒板から教室後方までの距離が少し遠いのか、電波が正常に内部に届く場合と届かず作動しない場合がある、というものだ。確率的には三分の一かそれ以下で作動、といった感じ。
「それ、直すのか?逆にその不確実さが不思議にピッタリだと俺は思うんだけど」
俺もそう思ったのだが、三分の一以下という確率はさすがに低すぎると思ったため、黒板に面している耳に穴を空け少しでも内部に電波が届くようにしてみた。
「成果は?」
「…確率が三分の一以上、二分の一以下になった」
「そんなに変わったのか、すごいな。
じゃあさ、耳だけじゃなくて目にも穴空けといた方がいいんじゃね?」
「なんで目にも?」
「いやほら、振動でズレて正面向いちゃった時のために」
ふむ、まあ一理ある。となると後頭部にも空けといた方がいいな。帰ったらやっておこう。目と耳ときたら後は鼻だが……鼻は関係ないし面倒だからいいか。
「じゃあ美術室はそれで進めとく。次は…」
藤棚の人影、偶然見つけた素の現象だけどそのままだと今一つ印象が弱い気がするんだ。できれば機械仕掛けなしに素のままで活かしたいんだが、何かいい考えはないか。
「素だと頭と胴体だけなんだよな?う~~ん。俺がホラー映画観た時に怖いと思うのは腕も脚もある人影だけど…あ、藤棚の上に物置くのどう?それで腕と脚の影作れないか?」
胴体部の大きさ的に脚は無理だ。でもそうか、腕なら後付けできるかもしれない。
「やるじゃないかご意見番、ほぼ採用だ」
「ご意見番やめい」
だが物を置くのは反対だ。固定する必要があるし、色を同化させても異物というのは結構わかってしまう。剪定中にバレるかもしれない。
「じゃあどうするんだ?」
要は異物じゃなかったらいいんだ。藤棚の蔓をそのまま利用すればいいんじゃないか。うまくいくかは試行錯誤を重ねないとわからん。
「え、そういうのって勝手に調整していいものなのか?」
「今更だろ。こっちはもう鏡を取り替えたんだぞ。それに、ちょっと変えたくらいじゃ何も害は出ないだろ」
「まぁ、被害が出ないならいいか。
調整できたら教えてくれよ、俺も見に行きたい」
「……はぁ。わかったよ」
「それで、後はなんか進捗あるか?」
いや、と言いかけたところで昼休憩のチャイムが鳴った。
「お、もうお昼かー。続き、飯食いながらにしようぜ」
「…ああ」
一番困っているのは職員室だ。なんでここにしたいと思ってしまったのか…。まだどんな不思議にするか具体的には決まっていないが、大まかな内容は一応伝えといてやる。
コンセプトは「着信音が鳴っても誰も出ない」だ。職員室内に携帯か電子オルゴールかを隠しておき、周期的に自動で鳴らす。周期の間隔は長めに取りたいが、仕掛ける機器の大きさによって変わるかもしれない。
「とまぁ、今はこんな感じのことしか思いついていないが——」
話をちゃんと聴いていたのか否か、中井は弁当のおかずカップに入ったミートボールに目を輝かせながら相槌を打っている。どうにもその相槌が適当に聞こえてならない。
「——何かご要望はあるかな、中井君」
「んー、えと、要望っていうか質問なんだけど、どうやってそれ隠すんだ?見つかって落とし物ボックスに回収、とかなったら終わりじゃね?」
ちゃんと聴いてるじゃないか。そこなんだ、行き詰っているのは。携帯の形をしていても薄型であっても、回収されたら失敗に終わる。不思議の正体とバレていないのに失敗に終わってしまうんだ。これほどまでに屈辱的なことはないだろう。どうすれば回収されないようにできると思う?一緒に考えてくれ。
「見つかっても回収されない物って……極端にデカい物、とか?物理的に回収不可能の」
バカなのか天才なのか…。だが却下だ。そんな大きい物をどうやってバレずに職員室に持ち運べると言うんだ。
「それもそうか。なら……あ、消火器とかどうだ?非常用の物は大丈夫そうじゃないか?」
消火器はさすがに法に触れるが…考えは良い線だ、「非常用」ならこの問題を難なくクリアできる。やはり天才なのか。
「あれ、俺またなんかやっちゃいました?がーっはっはっ」
そうやってすぐ調子乗る…。
次のステップだ。非常用の「何」を仕掛けるか。
「うーーん。やっぱ懐中電灯じゃね?っていうかそれしか思いつかねぇや」
実を言うと俺も懐中電灯しか思いついていない。だが…懐中電灯、結構いけそうじゃないか?それくらいなら俺でも作れるし、非常用ライトとして置いていても怪しくはないだろう。回収されにくいはずだ。
「マジかよ…完璧じゃねぇか」
「ああ、完璧だ」
「やはり天才か…?」
「……その天才にもう一度聞く。何か要望はあるか。形にこだわりたいとか」
「じゃあ、
…?なぜ急に蒲鉾?
「おかずに蒲鉾入ってたから。いやぁ、ミートボール型と迷ったんよね」
はぁ。全くなんなんだこの男は。
「蒲鉾型ね。わかった……色は?」
「青!」
食品の色として一番ダメな色じゃねぇか。適当に言ってるだろこいつ。
「OK、後の細かい所は俺がやっておくよ。よし、これで職員室もいけるな」
これで五つ目ができた。残り二つ、さてどうするか...。
「……なぁ」
「?どうした」
「…いや、いいや。早く弁当食えよ。休み時間終わるぜ~」
何か言いたげだったが…まぁいいか。こいつの言う通り、弁当食べて体力回復させないと。でないと帰りに死んじまう。
その日はそれ以上不思議の話はせず、中井は文化祭を、俺は休憩を楽しんだ。
帰宅後、風呂に入る際に鏡を見てみると、肩には紐の痕が赤くくっきりと残っていた。
翌日、文化祭二日目にして最終日。俺は約束通り中井と一緒に色々な出し物を見て回った。もともと出し物に興味はないため特別楽しいとは思わなかったが、それなりに良い思い出を作れたんじゃないかな、とは思う。
文化祭の全てのプログラムが終了し、クラスの片付けを済ませて帰り道を共にする。雑談をしながら歩いていく。直帰すると思いきや、ふと中井が足を止め
「なあ、話、しようぜ」
と意味ありげな言葉と視線。
俺は「お、おぅ」と答え、言葉を交わさずとも自然にいつもの場所へ向かう。
ベンチに並んで腰掛け、自販機で買ったジュースを飲みながら会話を始める。
「なぁ七星、七不思議作るって、本気なんだよな?」
いきなりどうしたんだこいつ。本気じゃなきゃここまでやらないだろ。
「…お前こそ、本気で関わろうとしてんのか?それとも面白そうって軽い気持ちで関わろうとしてんのか?」
「俺だって本気だよ!本気で関わりたい、助けになりたいと思ってる…!」
ここまで感情的な、いや、深刻そうな表情をする中井は見たことがなかったため、俺は内心とても驚いた。何とか言葉を繋ぐ。
「……それで、結局は何が言いたい」
「…残りの不思議の詳細も、明かしてくれないか。信用して、全部教えてほしい」
深刻な顔をして何を言うかと思えば…。
「別に信用してなかったわけじゃない。隠してもいない」
「いやでも、最後の方の不思議はお前の性格的にかなり重要なもので、それをずっと教えてくれないってことは俺のこと…」
「残りの不思議はただただ思いついていなかっただけで、つまり、お前の勘違いだよ。本当だ。俺はお前を信用してるし、それに…親友だとも思ってる」
「……そうか、あ、ありがとう。
…………俺、中学の時に、何気なく友達の秘密ばらしちゃったみたいで、それで、地元に居づらくなって、ちょっと離れたこの学校に、
積み木が崩れるようなあの、感覚が、今でもはっきりと…」
押し殺しているのだろうが、中井の声は微かに震えていた。
…これを「トラウマ」という一言で
色々と助けてもらったのだから俺も助けたい。今だって、俺に打ち明けてくれた。その覚悟に応えたい。そう思うが、俺ひとりだけの力や言葉で全てを変えられるほどこの問題は軽くない。それに変えられるのは、変われるかどうかは、こいつ自身の心次第なんだ。
ならせめて俺だけでも、ほんのひと欠片でも助けになるように、信用しているってことをちゃんと伝えてやらなきゃいけないんだ。
「……大丈夫だ。不安に思うなら、ちゃんと言ってやる。
お前を信用しているよ、陸」
「…!
………ああ。ありがとう、つなぐ」
ジュースが空になっているにも関わらず、辺りが
「それで、残りの不思議は何か思いついたのか、つなぐ。
今確か…美術室、藤棚、トイレ、職員室と……あと何だっけ」
「あと図書室だ。お前に頼んでた『七不思議の掟』だよ。もう書けたか?」
「ああ。追記したいことがなければ完成ってことになるけど、何かあるか?」
「いや、そのままでいい。それで完成だ」
「で、残り…二つか。六つ目の不思議は決まってるのか?」
「…まあな。今日お前と一緒に文化祭を回っていて思いついた」
「おぉ、どんな不思議だ?」
「……お前が決めていい。いや、お前が決めろ」
「え?」
「共犯者なら共犯者らしくやってみろ。
お前は、どんな不思議が欲しい?」
「っ俺は…実はずっと考えていた不思議がひとつ…」
それから暫く放送室の不思議についての打ち合わせをした。放送部のこいつが仕掛けるとなるとバレた時に疑われてしまうが、まあひとつくらいならいいか、と結局受け入れた。
概ね内容が決まり、再びジュースを買ってひと息ついていた時、陸が聞いてくる。
「なあ、今更なんだけどさ、機械仕掛けばっかでいいのか?」
「しょうがないだろ。そもそもこの学校は普通過ぎるんだ。素で活かせるのは藤棚くらいで、他は活かしようがない」
「そっか……それで、あとひとつ、七つ目は決まってるのか?」
「ああ、それのことだが、—————」
「……え、それでいいのか?」
「おう。ロマンだろ」
話が終わり、ベンチを立って帰路に就く。お互い無言だったが、不思議といつもより心地は良かった。
俺は自宅へ、陸は駅まで、という分かれ道で別れる際、陸が最後の質問をしてきた。
「あのさ、あともうひとつ聞いていいか」
「…まだあんのか。何だ?」
「いや、純粋な疑問なんだけどさ、なんで理科室には仕掛けなかったのかなって。音楽室は俺達どっちも授業選択してないからまぁわかるんだけど、音楽室と同じ定番で、割と中に入れる理科室になんで何もしなかったのか、気になってな」
「あぁ………理科室は取られたからな」
「…?」
「いや、何でもない。また月曜な」
陸と別れ自宅へ歩を進める。ふと夜空を見上げると、目が眩むほどに明るい満月が浮かんでいた。
中秋の名月は、街路灯などいらないほどに行く道を照らしている。
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