第5話
法医学教室にはひとりだけ女性の先輩がいる。
その
「城の同級生だって。女の子だよ。大学病院で働いていたときに倒れて、ここに運ばれてきたそうだ」
こういう仕事をしていれば、知り合いを解剖することもあるだろう。普通に考えれば、城先輩が泣いているのも当然のように思える。
「確か城先輩って学部時代に数少ない女子学生全員からいじめられて法医学教室に来ることになったんですよね。つまり、自分をいじめていた人でしょう」
「城はいじめられたくらいで、人を嫌いになるようなやつじゃない」
僕は顔をしかめていた。実際、城先輩がいじめを受けた理由だって、今、ご遺体として横たわっている
「気色悪い」
「今、言ったの、
城先輩が許せないというように、声を張り上げる。ただただ冷めた気持ちがする。
「城先輩は、解りやすい大嘘を本当らしく言いますからね。今、泣いているのだって、いじめっ子が死んで嬉しいんでしょう」
城先輩が顔をゆがめる。
「佐井さんは、頭が痛いってずっと言ってたんだって。わ、私をいじめたのだって、腫瘍のせいで性格が変わったのかも知れないし」
「病を憎んで、人を憎まずですか。精神疾患があったら、人を殺しても無罪ですか? 精神疾患があろうが、なかろうが人を殺したいと思ったことのある人は大勢いるし、実際犯行に及んだとしても充分に情状酌量に値すると思わしき人たちだってそんな簡単には事には出ませんよ」
城先輩がその場に泣き崩れる。城先輩に代わった訳でもあるまいが、前橋教授がこちらを睨みつける。
「菅沼くん、言い過ぎだ。君らしくもない。城さんのことはともかく、亡くなった人のことまで冒涜するだなんて」
急激に、頭に痛みが走る。確かにそうだ。僕らしくない。何かがおかしい。まばたきを忘れ、呼吸するのも忘れる。重苦しい身体を精一杯動かし、廊下に駆け出す。
ロッカーから自分のかばんを取り出す。中身を床にぶちまけ、大学ノートを握り締める。表紙に、灰色の水玉ができていく。
「先輩。先輩、助けて下さい」
うずくまり、右手が血で染まるのも気にせずに、いつまでも床を叩いた。
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