第13話
先輩の愛すべきところは、素直なところです。
誰に対しても裏表がないだなんて、他のやつらにはなかなか真似できません。それはおかしいと思ったら、親友であっても直すべきところを直すべきだと忠告してあげることは本当に相手を思いやっているからできることなのです。それに、あなたのいいところはここですよ、と面と向かって言ってもらったならばどんなにか嬉しいことでしょう。見る目のない人のことなんか知りませんけれども、僕なら正直に何でも話してくれる先輩はとっても貴重だから独り占めしたいくらいです。言い過ぎましたか? もしかして、呆れて…?
ああ、でも、大丈夫です。先輩がその素敵な笑顔を見せてくれるのならば、僕も笑われ甲斐がありますから。素直がいちばん可愛いですよ。にこにこ笑顔、万歳!
*
彼女との他愛無い会話が次々と蘇ってくる。そうだ、僕と彼女とは本当に愛し合っていたのだ。実際に会話をしたことがないからといって、それが何だと言うのだ。
「菅沼くん、彼女といつまでもお幸せにね」
皮が張り付いたような手には、しっかりとお揃いの携帯ストラップが握られていた。
*
翌日、地元の警察に連絡した。菅沼くんと女子学生は交際していて、恋人が急死したのにショックを受けて、恋人の部屋で衰弱していったのだろうと説明した。嘘ではないと思う。ふたりは、確かに恋人同士だった。警察もそれで納得してくれた。それは、どこまでも幸せに満ちた菅沼くんの最期の姿を見たからだろう。あれを見せられては、疑う余地は無い。帰りの電車の中で、僕はずっと微笑んでいた。心が楽になった。もちろん、菅沼くんのことを心配していた
人と人が解り合うのに、生と死の順番は関係ない。
菅沼くんに教えて貰ったように、もしかしたら、僕と彼女も死を以てしか本当のところを分かり合えなかったのかもしれないと本当に今更だけれども思えるようになった。これは言い訳ではない。だって、僕が彼女と出会わなければ、菅沼くんだってあの子と知り合えなかったのだから、苦労して医学部に再入学した甲斐もあるよ。無駄なことなんてひとつもないんだ。
「ありがとう」
何度も口の中で呟きながら、彼女の嫌った街から離れていく。頬を伝う涙は冷たかった。僕の目にだけは、あの満開の桜並木が見える。春になったら、きっとまた来るだろう。
桜の花びらが散るようにして、あっという間に景色が流れていく。あ、と声を洩らす。良く利用するチェーン店の居酒屋が目に入る。いつか菅沼くんとふたりで行ったことを思い出す。あれが、最初で最後になってしまった。
菅沼くんは、知的障害のない自閉症で、コミュニケーション能力に難があり、自身もそのことで相当苦しんでいた。「会話」はできるが、「雑談」ができない。言葉を額面通りに受け取る傾向があるので、もちろん集団で騒ぐようなことはこちらが想像もつかないほどの苦痛になるに違いない。だから、無理強いはしなかった。
ある日を境にして、菅沼くんの様子が変わった。大好きな小説家の新作に夢中になるように、暇さえあれば大学ノートに向き合って忙しなく泣いたり笑ったりしていた。病気のためになかなか理解できなかったひとつの壁を乗り越えたのだと思った。たまらなく嬉しくて、初めて菅沼くんを誘った。あの日、僕は本当に上機嫌で冗談のつもりで言ってしまった。約束。僕に対する最大限の信頼の証を菅沼くんは残していった。城さんが見つけ出したそれは、今、胸ポケットの中に入っている。ジャケット越しに撫で、手を握り締める。顎を落とすようにしてひく。
*
僕がいなくなっても、隣には君がいる。
君と、共に歩いて行ける。
僕がいなくなっても 神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ) @kamiwosakamariho
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます