第10話 決戦
『黒纏』を借りた日の夜、三人は千里の部屋に集まっていた。時刻はいつも予言ザルが現れるときの三十分ほど前。三人は作戦会議をしていた。
「予言ザルには戦う力は無いはず。だから下手なことをしない限り僕たちが怪我を負うことはないだろう」
「なんで戦う力は無いってわかるの?」
「根拠は巻物と、千里の夢だ。それらには共通して予言ザルにあることを行ったとあった」
「そのあることって?」
「『改造』だ。予言ザルから加害性、狂暴性を無くすものらしい。どうやら昔は怪異を改造する技術があったようだ」
「それは成功したの?」
「ああ。巻物によるとな」
「じゃあなぜ予言ザルは私に向かって不幸をばらまくのよ」
「不幸をばらまくのは予言ザルの性質。本能のようなものだ。あの行動には害意も悪意も存在しない。あの行動を止めるためには予言ザルの息の根を止めるしか方法はないだろう」
「そうなんだ」
二人の会話に千恵が口をはさむ。
「それで、作戦は?」
「ああ。予言ザル側から攻撃が仕掛けられる可能性はない。だからこの作戦は三人で行う。千里、千恵、二人ともいいかな」
千雄の確認の言葉に二人は頷く。二人とも予言ザルに対する思いは千雄と一緒だ。退くという選択肢は存在しなかった。
「二人ともありがとう。まず確認だけど、予言ザル討伐には二つの工程が必要だ。一つ目は予言ザルに札を張ること。二つ目は予言ザルの舌を妖刀で切ることだ。札を張るのは千恵が、舌を切るのは僕がやる。でも、予言ザルはすんなり札を張らせてはくれないだろう。そこで千里の出番だ」
「私?」
「ああ。予言ザルは現在千里に憑りついている。だからあれは千里の部屋に出るし、千里に対して予言する。予言ザルは千里の事しか見ていないんだ。僕らはそれを利用する」
「どんなふうに?」
「作戦はこうだ。まず…………」
千雄は作戦を伝えた。
「……というわけだ。二人ともいけるか?」
「もちろん」
「やるしかないわ」
「よし。必ず、予言ザルを打ち倒そう!!」
千雄の言葉に二人は強く頷く。三人とももう覚悟は決まっていた。
そして時は流れ、予言ザルがいつも姿を見せる時間になった。
千里は窓のすぐそばに立っていた。窓は開いている。
予言ザルが、のそりのそりと木々を伝って現れた。千里に近づく。
千里はその様子をじっと見ていた。今まで予言ザルには好奇心に満ちた表情や怯えた表情しか見せてこなかった。今の表情はそのどれでもない、真剣な表情だった。
予言ザルが窓にたどり着いた。いつも予言を伝えていた場所だ。今回も予言ザルはいつもと同じように口を開く。ただ衝動のまま、本能に従うままに。
だが予言ザルは口を開いたまま、予言を伝えるのを中断した。 千里が手のひらを両耳に強く押し当て、音を遮断していたからだ。このままでは自分の予言が聞こえない。それではだめだ。予言は伝えることに意味があるのだから。
予言ザルは千里の両腕をつかんだ。腕を耳から剥がせば予言は千里の耳に届く。予言ザルは大きく前のめりになり、上半身が千里の部屋に入り込んでいた。
「今よ!」
千里が叫んだ。予言ザルは千里が叫んだことに疑問を感じたが、その疑問はすぐに解消された。
上半身の胸のあたりに何かが張られたのだ。
「!!」
驚愕とともに下を確認しようとするが、首が動かない。いや首どころか体中動かすことが叶わなかった。
「お札を張れたわ!!」
それは千恵の声だった。千恵は窓の真下の壁に張り付き、しゃがんで身を潜めていたのだ。
「でかした!!」
千恵の声を聞き、物陰から出てきたのは千雄だった。黒く輝く妖刀を持っている。動けなくなり、さらには口を開けている予言ザルは、妖刀の格好の餌食だ。千恵が予言ザルの口内に手を突っ込み、舌を引っ張り出した。
「これで終わりだ!」
千雄は『黒纏』を予言ザルに向かって振り上げ、渾身の力をもって振り下した。
予言ザルの舌は、驚くほど簡単に切れた。切れた舌は、二、三回程跳ねて床に転がる。切られた体のほうは白く輝き、光の粒子になって静かにゆっくりと崩壊していた。
予言ザルは悲鳴を上げた。しかしお札のせいで動かない体はその叫びを誰の耳にも届けなかった。
「やった……の?」
予言ザルの体が崩壊していくのを見つめながら、千里は呟いた。
「……ああ。僕たちはやったんだ」
「そうよ。倒したんだわ!」
二人がその呟きに応える。怪異は打ち滅ぼされた……と。
「よ、よかったあ」
千里は緊張から解き放たれたことと安堵感で一気に力が抜けその場にぺたっとしりもちをついた。
「大丈夫?千里」
「うん。ちょっと腰が抜けちゃっただけ」
「そうか。今日はもうゆっくり休んで……うん?」
千雄は床に転がる異物に気づいた。その黒く禍々しい物体は消滅していなかった。その上、動いていた。
「まさか、予言ザルの舌!?」
気づいた時には舌は動きを見せていた。俊敏に飛び跳ね、移動したのだ。移動先には千里がいた。
「千里、危ない!」
千雄の言葉に千里はえ?と反応を返す。口が開いた。そこに舌が飛び込んだ。
「が、あ」
千里の口の中に入った舌はそのまま喉に潜り込み、胃まで進んだようだった。千里はもがいたが、舌の進行を止めることはできない。
「千里!吐くんだ!今すぐ!」
千雄は千里に駆け寄りその口に手を突っ込んだ。喉奥に手を突っ込まれた千里はその場に嘔吐する。しかし、その中に舌はなかった。
「千里、大丈夫?」
千恵と千雄が心配そうに見つめるが、千里はうつむいたまま動かない。
「千里!おい!」
あまりにそのまま動かないので、千雄が肩をゆすった。すると千里がゆっくりと顔を上げた。その顔を見た瞬間、両親は絶句した。
「お父さんお母さん、私、なんか変だよ」
そうつぶやいた千里の左目は、黄色く輝いていたのだ。予言ザルのように。
予言ザル くまパン @kumatopannda
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