第9話 訪問

 「んぅ」


 朝の光が千里を照らした。千里は目を覚まし、体を起こす。その顔は何かを決意したかのように真剣だった。


 「夢が本当だったら、予言ザルを倒せるかもしれない。夢で見たこと、お父さんに話さなきゃ」


 千里は自分の部屋を飛び出し、リビングへと向かった。


 「お父さん!」


 リビングの扉を開けると千雄はテーブルで朝食を食べているところだった。


 「千里どうした?そんなに慌てて」


 「私また夢を見たの。それで、その夢で、予言ザルを倒す方法が分かったの!」


 「なんだって!?」


 千里は父と、キッチンで朝食を作っていた母に夢の中の出来事をすべて説明した。


 「そうか……」


 「千里、あなたの夢は昔現実で起きたことかもしれないわね。あなたの夢に出てくる情報と、昨日お父さんが巻物を解読して得た予言ザルの情報に共通する部分があるわ」


 「そうなの!?」


 「ああ、そうだ。そのうえ千里は予言ザルについて、私たちの知らない新しい情報まで手に入れてくれた」


 「え?どれのこと」


 「予言ザルを倒すのに必要なものがお札と、妖刀の二つだという事だ。この巻物にはお札の事しか書かれていなかった。千里の情報がなければ、お札だけで予言ザルに挑み、倒すことは叶わなかっただろう」


 「そうなんだ……って二人とも予言ザルを倒すつもりなの?」


 「当たり前だ。予言ザルは私たちにとって危険な存在。放っておいたらどんな不幸をもたらすかわからない」


 「でも、今までのように無視して予言を聞かないようにすれば、実害はないよね」


 「それじゃあだめよ。予言ザルは毎日千里の部屋にやってくる。昨日のようにちょっとしたミスで予言を聞いてしまうこともあるわ。それに、これからずっと予言ザルに怯えて暮らすの?わたしはそんなのごめんだわ」


 「…………」


 「大丈夫だ千里。予言ザル退治は僕と母さんでやる。千里は」


 「違うの。予言ザルが怖いんじゃない。私もお父さんお母さんと同じ気持ち」


 「千里……」


 「三人で予言ザルを倒そう」


 千里は真剣な目で二人を見た。その視線は子供だから、危険だからという理由で千里を遠ざけることを許さない、強い決意を宿していた。


 「ああ。三人で」


 「ええ。必ず」


 家族の絆は固かった。


 「それじゃあ予言ザルを倒すための二つの道具のことだけど、お父さんなんか心当たりある?」


 「お札に関しては巻物に挟んであったから、もうある。もう一つの妖刀に関しては巻物には何の記述もなかった。しかし僕の親戚に、刀を持っている家があるのを知っている。その刀の名前が、禍々しい感じの名前なんだ。今日その刀を見せてもらいに行こう。可能性は低いけど妖刀かもしれない」


 「了解!」


 その後、三人は身支度をしてその親戚のうちへと向かった。その親戚は『近藤』という。千雄の従弟にあたる近藤十次郎とその妻の近藤九美子、息子の近藤八雲の三人家族。訪問した時十次郎は仕事で家におらず、三人を出迎えてくれたのは久美子だった。


 「いきなり電話したのに、訪問を許してくださりありがとうございます」


 「いえいえお気になさらず。お急ぎのようですね」


 「そうなんです。実は大変なことに巻き込まれまして。電話でもお話ししましたがお宅の刀を一度見せていただけませんか」


 「はい。家の刀がご期待に沿えるものかはわかりませんが」


 「ありがとうございます」


 その刀は江戸時代に作られ、近藤家に代々伝わってきたものらしい。三人は刀が保管されている一室に案内された。


 「これが近藤家に伝わる刀、『黒纏』です」


 九美子さんは棚から細長い箱を取り出し、それを開けた。


 「きれい」


 千里は思わずそうつぶやく。刀があまりにも魅力的だったからだ。

 その刀は黒かった。鞘、柄、刀身に至るまですべてのパーツが黒色に染まっていた。しかしその色とは裏腹に、刀としての輝きがある。その刀は名の通り黒を纏っていた。


 「僕は昔、十次郎からこの刀について話を聞いたことがあるのですが、何でもこの刀は江戸時代、人ならざるものを切るのに使われていたとか……」


 「はい。『黒纏』は、かつて怪異を切るのに使われていた。という伝説があります。『黒を纏いし刃は怪異の肉を容易く切り裂く妖刀である』という文が、家で保管してある巻物にあったんですよね。まあ作り話でしょうけど」


 その話を聞いて三人の表情が驚きに代わる。


 「そうなんですね!この刀『黒纏』は妖刀なんですね!」


 「は、はい。そうです」


 九美子さんは、三人の態度の急激な変化に驚いた様子だったが、三人には九美子さんを気にする余裕は無かった。


 「これで二つの物がそろった!予言ザルを倒せるぞ!」


 「うん!」


 喜ぶ三人。九美子さんは首を傾げた。


 「九美子さん。必ずお返ししますので、『黒纏』を少しの間お借りすることはできないでしょうか」


 千雄はそう切り出した。理由は千雄の大学教授という立場を利用して、日本の歴史の研究のためとした。


 九美子さんは快諾してくれた。


 「この刀は今、家でほこりをかぶっているだけですので、どうぞお持ちください」


 「ありがとうございます!」


 こうして三人は、『黒纏』を手に入れることに成功した。


 「それでは、またお礼をもって伺います」


 「お構いなく」


 そうした会話をしながら近藤家を後にしようとしたとき、どんがらがっしゃーんと、二階から轟音が聞こえた。


 「八雲!!何してるの!また大きな音出して!」


 驚く三人をよそに呆れた顔で上の住人に呼びかける久美子さん。どうやら二階には息子の八雲君がいるようだ。


 「ど、どうされたんですか」


 「それが、私にもわかりません。八雲、最近こういった大きな音を出したり、夜な夜な出かけたりするんです。何してるのといっても教えてくれませんし。心配です」


 「それは、大変ですね」


 「そうなんです。あっでも気にしないでください。あの子も大学生ですから、自分のことは自分ですると思いますし」


 千里は何度か八雲を見たことがある。美青年だが言動や佇まいにどこが不思議なところがある人という記憶がある。

 三人は今度こそ近藤家を後にした。希望の刀を携えて。次はとうとう、決戦となる。

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