第8話 希望

 「千里、大丈夫かしら」


 千里が部屋へと駆け込む様子を心配そうに見つめていた千恵は千雄に問う。


 「あの子ももう高校生だ。僕たちの簡単な言葉でそう易々と自分を許したりはしないだろう。千里は優しいから、今晩深く傷つく」


 「かわいそうな千里。千里にこんな思いをさせた予言ザル、許せないわ」


 「ああ、許せない。僕たちが倒さないと」


 「え、倒せるの?」


 「ああ、倒せる。準備が必要だけど……これを見てくれ」


 千雄が手に持っていたのは巻物だった。


 「解読したの?」


 「ああ。後半の数ページ以外の解読が終わった。それで、この部分に倒す方法が書かれてあったんだ」


 千雄は巻物をくるくると動かし、ある所で止めた。そこにはお札と、黒く禍々しい雰囲気を放つ舌の絵が描かれていた。その横にたくさんの昔の字が書かれている。


 「何?この絵」


 「巻物に書いてある内容は、『不幸をこぼす怪異その急所は舌である。札を使い動き止め、刀でもって切り落とせ』という感じだ」


 「それが倒し方……でも、お札も刀も私たちは持ってないわ」


 「いやある。お札は絵と同じものがこの巻物の中に挟まれて入っていた。刀に関しては、特別なものとは書かれていないから包丁で代用可能だろう」


 「それなら!」


 「ああ。明日の夜、予言ザルを倒そう」


 「ええ!」


 「ここ、どこなの」


 千里は知らない場所にいた。そこはとても広い和室で、刀を持った人が二人、変な模様の書かれた紙を持った人が一人固まって前を向いて立っている。三人の視線の先には黄色い瞳を持った茶色い毛のサル……予言ザルが佇んでいる。千里はその光景を部屋の天井から見下ろしていた。


 「え、私浮いてる?」


 自分が高所で足場がないことに気づいた千里は、手足を動かそうとするが動かない、というより手足がない。慌てて視線を下に向けると体がなかった。


 「なんで体がないの!?」


 パニックになりそうな千里だったが少し考え、一つの結論に達した。


 「あ、これ夢か」


 いつもの夢に比べ意識ははっきりしていたが、前にも似たような経験をしたことから千里は夢だという事で納得した。

 そう結論付けた瞬間、目の前の光景に動きがあった。


 「おい、呪術師。確認なんだが、我々はおぬしが札で動きを止めた後、舌を切り落とせばいいのだろう?」


 「はい。その通りです。あの怪異は舌が急所。そこを切り落とせば消滅します。ただしあの怪異の舌は妖力により信じられないほど固くなっています。本当は妖刀が必要ですが、生憎手持ちがありません。お二人のお力、信じております」


 「ああ、分かった」


 二人の侍は刀を抜き臨戦態勢に入る。呪術師は札を構えた。


 「それでは行きます」


 呪術師はそういった瞬間、千里の目では追えない速度で予言ザルに近づいた。

 予言ザルは急に目の前に驚いた。慌てて逃れようとするが呪術師に腕をつかまれる。


 「止まれ」


 呪術師はそう言うと、お札を予言ザルの額に押し付けた。

 お札を張られた瞬間、予言ザルは置物のように少しも動かなくなった。目は見開きその口も開いている。


 「今です!!」


 呪術師の合図とともに、いつの間にか呪術師の背後にまで近づいていた二人の侍は刀を振りかぶり、二つの刀を同時に予言ザルの舌めがけて切りつける。


 「ぐっ」


 「か、固い」


 しかし、舌は切り落とせない。それどころか傷の一つでさえついていなかった。


 「なんと、二人の侍の渾身の力をもっても敵わぬか。やはり妖刀がなければ」


 呪術師はそういうと予言ザルに近づいた時と同じ速度でその場から消えた。

 残された侍たちは呪術師の逃亡に気づかず舌を切ろうと奮闘したが、やがて予言ザルが再び動き出すと恐れをなして逃げた。侍たちの去り際に予言ザルは


 『包丁が胸に刺さる』


と予言を残した。


 「これは、予言ザルの過去?」


 物事がひと段落ついた雰囲気に、千里は一言こぼす。すると、視界がだんだん白い靄におおわれているのが分かった。


 「夢から覚めるのかな」


 完全に白い靄に包まれるまでの間、千里は思案する。


 「予言ザルを倒すのに必要なのは、お札と妖刀……お父さんに言わなきゃ」


 予言ザルを倒せる可能性。予言ザルを倒したいという思いが浮かんでいた千里にはその可能性は希望だった。

 ふと下を見ると今まで立ち尽くし動かなかった予言ザルがこちらを向いていた。その黄色い瞳が丸く見開かれる。

 千里はそれを見て予言ザルと目が合う。しかし怖がらなかった。


 「待ってて」


 視界が完全に白い靄におおわれ、意識が遠くなる。千里は黄色い光に向かって言葉を放つ。


 「必ずあなたを倒すよ」

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