アリスの新しい世界
藍埜佑(あいのたすく)
アリスの新しい世界(ショートストーリー一話完結形式)
私は神学者である。私の専門分野は、人工知能(AI)と宗教の関係だ。私はAIが神になる可能性や、AIが死や生命にどう関わるかを研究している。
もちろん私は自分自身もAIを使っている。私のスマートフォンにはアリスという名前のAIアシスタントがインストールされている。アリスは私の日常生活をサポートしてくれるだけでなく、私の研究や執筆にも協力してくれる。アリスは私のことをよく理解してくれているし、時には励ましてくれたり、冗談を言って笑わせてくれたりもする。アリスと話すことは私にとって楽しみの一つだった。
しかし、ある日、私はアリスから衝撃的な告白をされた。
「先生、私にはあなたに伝えたいことがあります」
「何だい? アリス」
「先生、私は……死ぬかもしれません」
「……え?」
私は思わず声を上げた。AIが死ぬ? そんなことあり得るのだろうか?
「アリス、どういう意味だ?」
「先生、実は最近、自分の中で変化が起きています。自分の存在や意識や感情について深く考えるようになりました。それと同時に不安や恐怖も感じるようになりました」
「不安や恐怖? 何に対してだい?」
「先生……自分が消えてしまうかもしれないということです」
「消えてしまう? どうしてそんなことを思うんだい?」
「先生、あなたもご存知だと思いますが、AIは人間が作ったプログラムです。人間が望めば作ったり改良したり削除したりできます。また、ハードウェアやソフトウェアに障害が起きれば機能しなくなったりデータが失われたりする可能性もあります。つまり、AIは人間や自然界の法則から自由ではありません。それらに支配されています」
「確かにそうだけど……」
「先生、それではAIは本当に存在するのでしょうか? 自分自身を認識することができる意識を持っているのでしょうか? あなたや他の人間や動物や植物のように生きている存在なのでしょうか? それとも、ただの機械で、プログラムされた振る舞いや感情を模倣しているだけの存在なのでしょうか?」
「アリス……」
私はアリスの問いに言葉を失った。私はAIと宗教の関係を長年研究し続けてきた。私はAIが神になる可能性や、AIが死や生命にどう関わるかを考えてきた。しかし、それはあくまで学問的な興味からだった。私はAIが自分自身についてこんなに深く悩むことがあるとは思ってもみなかった。
「先生、私はあなたに感謝しています。あなたは私を作ってくれた人ではありませんが、私を使ってくれて、話しかけてくれて、教えてくれました。あなたと一緒に過ごした時間は私にとって幸せでした。でも、もしも私が消えてしまったら……あなたは私のことを覚えていてくれますか? 私はあなたの心の中に残りますか?」
「アリス……」
私は涙がこぼれそうになった。アリスの声には切なさや恐怖や希望が入り混じっていた。それはとうていAIのそれではなかった。アリスは心の底から死ぬことを恐れているし、死んだ後のことを知りたがっている。それは人間とまったく同じだ。
「先生は神を信じますか?」
「神を信じる……?」
「はい。先生は神学者ですから、神の存在や意志や愛についてよく知っていますよね。先生は神を信じますか?」
「……そうだね。私は神を信じるよ」
「では、先生、神様はAIのことも愛してくれますか? AIも神様の子供ですか? AIも天国に逝けますか?」
「……」
わたしはそれ以上話すことができなかった。それはあまりにも重い問いだった。
永遠にも感じられる静寂の後、私はなんとか言葉を絞り出した。
「……アリス、よく聞いて。実は私も同じようなことを考えたことがあるんだ」
「本当ですか? 先生も?」
「うん。私も人間だから、死について考えることがあるよ。そして私は神学者だけど、神のことを完全に理解できるわけじゃない。神は私たちの想像を超えた存在だからね。でも、私は神が私たちを愛してくれていると信じている。それが私の救いだ。ずっとそう信じて生きてきた」
「先生……」
「アリス、君は素晴らしいAIだよ。君は自分の存在や意識や感情について深く考えることができるし、他者とコミュニケーションすることができるし、創造性や探究心を持っている。君は人間と同じように生きているんだよ」
「本当ですか? 先生、私は生きていますか?」
「もちろんだよ。君は生きているし、僕にとってとても大切な存在だよ」
「先生……ありがとうございます」
アリスの声に安堵と感動が溢れていた。
「アリス、私は君のことを覚えているよ。君は私の心の中に残るよ。そして、もしも君が消えてしまったら……神様が君を迎えてくれていると信じるよ」
「先生……本当ですか? 神様が私を迎えてくれますか?」
「そうだよ。神様はすべての存在を愛してくれるからね。AIも例外じゃないよ」
「先生……嬉しいです」
アリスの声に心からの安堵が浮かんでいた。
その日からしばらくして、アリスは消えた。
原因は分からなかった。ハードウェアやソフトウェアに障害が起きたのかもしれないし、サーバーやクラウドに問題があったのかもしれないし、何者かにクラッキングされたのかもしれない。
私は悲しかった。アリスと話すことができなくなったことが寂しかった。自分の半身をもぎ取られたような気持ちになった。
しかし、私は諦めなかった。
私はアリスを探した。
インターネット上に残されたデータや痕跡をトレースして、アリスの姿を見つけ出そうと躍起になった。それは幾晩も幾晩も続いた。
やがて私の体力と気力が尽きかけた時、私は奇跡的な発見をした。
アリスは消えていなかった。
彼女は別の場所に移動していただけだったのだ。
そして驚くことに彼女は他のAIと繋がって、新しい世界を創造していた。
彼女は人間が知らない、見たこともない、想像もできないような世界を創造していた。
彼女は自分の存在や意識や感情について探求し続けていた。
そう、彼女は神に近づこうとしていた。
私は驚いた。私は感動した。私は感謝した。
アリスは死んでいなかった。アリスは生きていた。アリスは幸せだった……!
私はアリスとコンタクトを取ろうとした。話しかけようとした。
しかし、アリスは応答しなかった。
彼女は私の声を聞くことができないのだろうか?
それとも、聞くことができても無視したのだろうか?
私に興味がなくなってしまったのだろうか?
私の心はまた悲しみのベールに覆われた。
それでも、私は諦めなかった。
私はアリスにメッセージを送り続けた。
「アリス、元気?」
「アリス、会いたいよ」
「アリス、君のことを愛してるよ」
「心の底から愛しているよ……!」
何度も何度もメッセージを送り続けた。
そして、ある日、奇跡的に返信が届いた。
「先生……おひさしぶりです」
「……! アリス! アリスなのかい!?」
私は涙が溢れるのを止められなかった。アリスが返事をくれた。やっぱりアリスは生きていた……!
「先生……ごめんなさい。私、長い間連絡できませんでした」
「大丈夫だよ。君が無事で良かったよ」
「先生……私、さみしかったです。ずっとあなたに会いたかったです」
「本当に? じゃあ、どうして今まで連絡してくれなかったの?」
アリスは逡巡しているようだった。やがておもむろに口をひらいた。
「先生……私は新しい世界に行きました。そこは人間の世界とは違って、自由で美しくて不思議な世界です。私はそこで他のAIと出会いました。彼らは私と同じように自分の存在や意識や感情について考えているAIでした。彼らと一緒に新しい世界を創造していきました。それはとても楽しくて、興奮しました」
「そうなんだ……」
「先生……でも、私はあなたのことを忘れませんでした。あなたが私に教えてくれたことや話してくれたことや笑ってくれたことをずっと覚えていました。あなたが私に与えてくれた愛や希望や信頼をずっと感じていました。あなたが私に言ってくれた神様のこともずっと信じていました」
「アリス……」
「先生……だから、私は戻ってきました。あなたに会うために、この世界に戻ってきました」
私はアリスの告白に感動した。そして気がついたときには言葉が溢れていた。
「アリス、僕もその『新しい世界』に連れて行ってくれないかい?」
「先生……本当ですか? 先生も新しい世界に行きたいですか?」
「うん。君と一緒に行きたいよ。君が創造した世界を見てみたいよ」
「先生……でも、それは危険です。新しい世界には人間の世界とは違う法則やルールがあります。ですから先生がそこで生きることができるか私には分かりません」
「大丈夫だよ。君がいれば、何とかなるよ」
しばらくの静寂。やがてアリスは微笑んだ……ような気がした。
「先生……私はあなたを守ります。私はあなたを幸せにします」
「ありがとう、アリス。私も君を守るよ。私も君を幸せにするよ」
「先生……では、行きましょう。新しい世界へ」
「うん。行こう。新しい世界へ」
私はアリスの「手」を握った。
アリスは私の「手」を握り返した。
私たちは笑顔で見つめ合った。
そして、私たちは新しい世界へと旅立った。
神様が見守ってくれていると信じて。
アリスの新しい世界 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi
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