第3話 フレンズ②

「そんでね、あの寝てる子はさゆり、ちゃん。起こしたらかわいそうだから後で挨拶とかしてあげて」


 ハナコが膝に顔を突っ込んでいる女の子を指した時、その子はぴくと肩を震わせたように見えたけど、結局少し待っても顔を上げてくれなかった。


 最後のひとりはリコと名乗った。髪は限りなく白に近い光沢に輝いていて、彫りの深い顔立ちはたぶん日本の人じゃない。瞳の色も青っぽく―――よく見れば左右で彩が違った。左目は、少し暗く赤みがかっていて、青よりも紫に近いのかもしれない。絵に描いたような、綺麗な人で―――どこか表情に翳があり、見た目の華やかさにひとつ射すものがあるから、そういう感を抱くのだろう―――その美しさは人間離れして見えた。


「えー日本語わかるんですか?ハーフ?」


 青いインナーの女の子―――確かさゆりが、リコが話すのを聞いて飛び起きた。童顔で、丸い輪郭にぴったりと姫毛を這わせている、そこはかとなくサブカルっぽい感じの子。


「僕は君たちが僕の国の言葉で話すから驚いてた」


「え、男の子?」


 リコが自分を僕と呼んだので、私は少し驚いた。「ひぇーへへ」彼が頷くと、エミリは頓狂な声で笑った。


「あ、ほんとに?ごめんね、そういう人かと思ってた。いるよねそういう子」


「え、うん。いるー……」


 エミリはさゆりに問いかけ、私もそのチョイスは間違ってないと思った。だけどさゆりの歯切れはいまいちよくなくて、なんとなく彼女に気後れしているような気がした。

「さゆりちゃんさ、何年生?」


 彼女は黒いパーカーを着ていて、どこの高校の子だかわからなかった。私は助け舟を出したつもりだったけど、でも言われた方はそう感じなかったらしい。


「え、中三ですけど。ちょっと聞き方バカにしてないですか?」


 エミリに対するのとは明らかに違う態度に面食らい、私は思わずハナコのほうを見てしまった。


「や、まあ聞き方?あー、どこ高?何年?とかだとは思うけどさー……うちとエミリは高二。ゆさは?」


 さゆりはそれ以上追求してこなかった。エミリだけじゃなくハナコも苦手。ありがとう、とハナコにささやき、私はリコのほうに向き直った。


「私は中二。リコは?」


「僕は学校行ってなかった」


 リコはこともなくそう言った。行ってない、じゃなくて行って『なかった』。たぶんこれから先も、彼が学校に行くことはない。年齢、素性、所属するコミュニティ、ステータス、そして社会に対するある程度の帰属意識。ただ学校に通っているというだけで、私たちの国では公的に多くのことが証明できる。


 リコは、そういうものを必要としない場所で生きてきたのかもしれない。


「ていうか今何時だろ。私荷物見つけて学校行かなきゃ」


 少し重たくなった空気に耐えかねて、私は背中を伸ばしながら立ち上がった。そういえばスマホどこだろう。皆いい人っぽいし、中学生もひとりいた。ライン交換できるかな。リコは―――そういえば、なんでリコは私たちが外国の言葉で喋ってると思ったんだろう。


「あのね、ゆさ。あー、ちょっと落ち着いてさ、聞いて欲しいんだけど。この部屋、出られないの。ドアがないから」


 エミリは立ち上がった私のスカートを掴んで引き留めた。口元は笑顔を形作っているけれど、それでも全体的な表情は強張っている。


「や、ね。うちらもさ、探したんだけど。ゆーすけが起きるまでだいぶあったから。隠し扉とかさ?あるかもとか……でもね、そもそも私たちの誰もここに入ってきた記憶がないのよ」


 エミリは噛んで含めるように、一言を区切ってゆっくり話した。どこか惹きつけられるような魅力のある彼女の、そういう口調は効果的で、明るかったハナコも言葉が進むにつれ表情を暗くしていった。


「だからさ、怖いから。ちょっと隠れて固まってよーねってここにいたの。や、こんなんで隠れられるわけないけど、気分的にさ、物陰にいたかったんだ。最後まで起きてこないあんたが怖かったけど、でも寝言さ、すごくて。で、起きかたあんなんだったから、たぶんいい子だなって……置いてってごめん」


 私はエミリのことが本当に好きになった。行動が率先的で、他人を傷つけないようにふるまえる。そしてこれはたぶん、人間なら当たり前のことだけど、自分が一番大事だということを隠さない。


 私は、一応部屋の中をもう一度ぐるりと見まわしてみた。壁、壁、壁、壁。かなり正確な長方形の部屋のどこにも、扉どころか窓さえない。白熱灯の黄色っぽい灯りはなんとなく部屋の雰囲気を薄ぼんやりとしたものにしていて、確かに少し気味が悪いかもしれない。


「ゆさ、あんた落ち着いてんね。偉いわ、中二」


 さして感じるところのない私の態度を見て、ハナコが少し調子を取り戻したようだった。


 私の場合は、先にエミリたちがいてくれたし、今回ほど記憶が混乱することはないけど、朝起きてよく知らない家にいることも珍しくないから、変な部屋には慣れている。


 ……何より、友だちができたこと、家に帰らなくていいことのほうが嬉しかった。

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SJC、死後の世界でデスゲーム 園後岬 @charlotte_ep

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