第2話 フレンズ

 寄り添って座っていた二人のうち、髪の長いほうが、私に気づいた。目がぱっちりしてて、顎が細くて、少し鷲鼻ぎみの鼻が柔らかい顔立ちを剽悍に引き締めている、綺麗な子。


「だいじょーぶ?きもち悪くない?」


 私が頷くと彼女はけらけらと軽快に笑った。


「ひどい起きかただったね」


 私が自分で覚えていない起き際の寝言を、きっと彼女は聞いたのだろう。なんとかぱーんち。悪戯っぽく突き出した拳に、あれかかとだったんだよと応じると、まじかよとやはり屈託なく笑った。


「名前は?私は田中エミリ」


「私は―――おののいもこ」


 胸の奥にぎゅっと重いものが閊え、私はとっさに嘘を吐いた。 


「え絶対違うやん」


 いもこが何の誰だったか私にはわからないけど、エミリは瞬時に看破した。


「自分の名前好きじゃなくて―――あ、苗字は言える、遊佐」


「ゆさ?名前じゃなくて苗字が?ユサ?」


 私が漢字でどう書くか伝えると、エミリはけらけらと笑った。


「まじ?私の知り合いそれでユウスケって読むやついるんだけど。やばない?どっちがいい、名前言うのと、ゆうすけで呼ぶの」


「え、ゆうすけでいい」


 エミリは今度は笑わなかった。


「やっば、ホント呼ぶよ?ちゃんとかつけないよ?ユースケだよ?いいの?」


 たぶん自分の名前をしっかり大事にしてきた子は、この子みたいに真剣にあだ名に悩めるんだろうと羨ましく思った。今日はどんな名前にしようかなんて、そういう苦悩とは縁がない生き方をしてきた子。


「ね、はーこ。ちょいこの子の名前聞きだそーよ」


 エミリは自分に寄りかかって寝ていた女の子を揺り起こした。少し奥まっている眼窩が印象的な子で、眠気にんんんと呻きながらでも、経緯のあらましを聞いている顔つきには確かな知性が滲んでいた。


「え、ユサって苗字よくない?うち苗字毒島よ?んで下の名前ハナコ。ババアやんセンスが。だからブスババア。絶対うちよりやばいあだ名の女おらんよ」


 たぶんこれはハナコの鉄板で、確かにそれはと思えたけど、でもそのひどいあだ名の原因はハナコ本人にはどうすることもできないことで、実際ハナコはぜんぜんブスじゃなかった。メイクもきれいにしているし、制服の着こなしもおしゃれで、本人はどう思っているとしても、そのあだ名に僻むことは全くない。


 ―――お母さんは、私に澄んだ心の持ち主になって欲しくてこの名前をつけました。小学生のころ書いたあの作文、今の私がその場で聞いていたら、たぶん気が狂って暴れると思う。


 私のあだ名は人殺しだったと伝えたら、彼女たちは笑うことができるだろうか?

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