彼と彼女のものがたり【KAC20237『いいわけ』】

石束

彼と彼女のものがたり

 余人には知りえないことながら。


 ご近所の方たちから色々頼りにされ、愛されている至高神神殿の見習い神官、『神官さん』こと、フィアーネ・ユフラスには「霊にとりつかれやすい」という、神官としてはどうか?という特徴というか体質というか、そんなものがあった。――あったのだけど、別に本人は悩んでいなかった。


 むしろ、通りすがりの幽霊の悩みを聞いて相談に乗ったりまでしていた。

 彼女のいう「近所の人」にはあの世とこの世の境目の、とある大きな川の手前ぐらいまでは含まれていたのである。


 これは、そんな彼女が少し前に体験したことを、彼女の視点で語る、彼女のものがたり。


 ◇◇◆



 至高神の神官としてあるまじきことながら、嘘をついた。



 ◇◇◆



 そこは不思議な場所でした。

 

 一面、短くて柔らかい草が生えている草原で、心地よい風が吹いている。

 空は雲ひとつない青空で、太陽は中空にある。でも少しも暑くない。


 あれ。わたしは


と口に出そうとして言葉が出ないことに気づいた。それで思い当たる。

 

 ――ああ、神様の場所だ。


 別にここが至高神の庭であるとかそうい意味ではない。わたしの血筋は霊的感応力とでもいうべきものが、人より少し強い様で、時々気が付けばこのような場所に意識だけが飛んでくる。経験上しばらくすれば戻るので、慌てる必要はない。

 問題はこの現象の原因と、意識がないであろうわたしの体だけど、そのどちらにも予想が付く。


 ややもせず


「案ずるな、そなたの知る見習い神官は傷一つない。全くの無事じゃ」


というわたしの口調でない『わたしの声』が聞こえた。


 現在、わたしの体に降臨している『朱天』様の声だ。

 はるか六〇〇年の昔の魔法王国において、二つ名「朱天」をもって語られるジェリエル・フォトン筆頭神官こそ、その昔、神官戦士団を率いて大スタンピートに立ち向かわれた偉大な先達。また、わたしの使う杖術の型は、朱天様の御代にご自身で整備されたときく。我が師メイザー・ウエスト高司祭は


「天衣無縫にして自由闊達、才あるものにしか成しえない流儀であるが、お前ならば受け継げよう。研鑽し後代に伝るべし」


と相伝をお許しくださった。


 たしかに突然の憑依は驚いたけれど、今までなかったわけではないし、信仰と技の両方でわたしの道を照らしてくださる方なのだ。恐れをいだくはずもない。


「で神官さんは?」と、これは彼の――『旅人さん』の声。

「眠りに近い。この会話を聞くすべもない」と、朱天様の発言。


 ――あれ?


 聞こえているのに。なんなら、意識を『外へ』集中すれば、わたし、こうして、朱天さま操るところの、わたしの目を通じて、旅人さんの顔も見ることができるんですが。


 ――ふふ。


 私は、思わず笑ってしまった。

 いけませんね。至高神の神官ともあろう方が。こんな嘘を。

 意外におちゃめな人だ。

 何かしらの意図があっての事とは思うけれど。


 とはいえ、物を見、声を聴くことができたところで、今のわたしは体を操る術を持たない。

 いけないとはわかりつつも、どうすることも出来ないのです。


 ――仕方、ないですよね?


とわたしは、自分自身に「いいわけ」する。


 そう。仕方ない。仕方ないのだ。

 こんな美しい月の夜の散歩なのだ。いつもと違うことが起こっても仕方ない。


 いつもの、というか普段、わたしに対する時と違って、少しぶっきらぼうな旅人さんはちょっと新鮮だ。

 冒険者ギルドでの、冒険者としての彼は、実はこんな感じなんでしょうか?

 

 それとも、本気で怒ってるのかしら。何か怒る様な事がありましたか?


 たしかに朱天様の、いかにも悪そうな最初の物言いも悪かったけど、旅人さんは基本的に誰にも礼儀正しい人なのに。

 なんだか今夜は一貫して、不機嫌で態度が悪い。

「わたしが話せれば二人を取り持てるかも」と思うと、少しもどかしい。


 ――え? 服装ですか? まあ、わたしの好みではありませんし、生まれてこの方したことの無い格好ですが、色町にいけばあそこの方たちはみなさん誇りをもって、このような装いをしておられます。

 服装を重ね着するのではなく、減らすことで美しく装う方法もあるのだと、以前、教えていただいたことがあります。


 しかし装いの好みは人それぞれ。今日のところは、この格好は旅人さんの好みではない、という事だけを覚えておくことにしましょう。


 ――それにしても。


 ちょっと驚きましたね。朱天様とは、このような人格の方だったのか。

 神殿の書庫にあった伝記には、こんなの載ってなかったけれど。


 実は、もう一つ、朱天様とわたしには縁があります。


 おそらくは、この霊的感応を可能にした、理由の一つ。

 朱天様とわたしフィアーネを繋ぐ、か細い血の縁(えにし)。

 

 朱天様には同じく神官戦士団の指揮官だった弟がいました。その人物は大スタンピートを辛くも生き残りました。


 彼は王都アガレス陥落後、残された民を率いて苦難の旅をつづけ、危険な荒野を越えてこの地に辿り着き、新たな街を築く。

 そこで身を粉にして働き衆望を集め……後に、民に押される形で前王朝の子孫である姫を娶って、王統を復活させることになるのです。


 これが「大遷都を成し遂げ魔法王国千年の基を築いた賢王」と、その英邁が今に伝わる聖賢王ブロードバルタ。

 現在この国を統べるハルセル国王の娘、魔法王国第一王女フィアーネとしての私の、祖先。


 ◆◇◇


 王族の私が下町で神官をやっているのは特別かもしれないけれど、難しい背景があるわけではありません。


 わたしの生母は現国王の正妃でしたが早くに身罷り、側妃の方が正妃となられて、現在の王太子をお生みになられた。


 わたしは生母が敬虔な至高神への信仰の持ち主だったので、その生前から神殿に入ることが決まっていて、そのまま、神官になりました。

 今にして思えば、体の弱かった母が、自らの死後後ろ盾を失ったわたしが害されることがないようにと配慮してくれたのではないかと思います。


 王位の継承権に付随するすべてを放棄し、将来、王国の安寧を祈る巫女姫として神殿に籠ると最初から決まっていれば、わたしを出世の当てにする人も、権勢の邪魔にする人もいない。


 そういうことなのだと、思います。


 かくしてわたしは「フィアーネ・ユフラス」という架空の名の神官となって、期限付きのかりそめの人生を生きています。


 自分のすべてを、わたしを信頼してくれている人に明かせないまま。立場を偽ったまま。

 全てを打ち明けてしまえば、どんなことに巻き込むかもわからないからと、そのことを何もかもの「いいわけ」にして。


「ごめんなさい、今だけだから」と、心の中でいつも繰り返しながら。


 至高神の神官としてあるまじき、嘘ばかりの、人生を。


 ◆◇◇


 ――そうして、月の光の下、少し歩いて。

 やがて、わたし達は城壁の上へ上る階段へとたどり着きました。

 ――ああ、ここは。

 わたし達がいつも待ち合わせをして、杖術の稽古をしている場所です! そして、わたしが初めて旅人さんにあった場所です!


 あの頃は旅人さんの王国公用語はあまり上手ではなかったのですが、今は下町の人たちとも普通に会話しています。

 この人は、ほんとに何やらせてもすぐ上手になりますね。


 ――などと、わたしが昔を思い出していると、旅人さんは訥々と、自分の故郷の事を語り始めました。



 ………何の因果か異世界に転移してしまった人々がいた。


 特に理由もなく、召喚されたものでもなく、勇者でも魔王でもない。死んでいないので帰りたいのだが、帰還方法のアテもない。彼らは自分たちの生活を成り立たせ、帰還方法を探すためにささやかでゆるやかなコミュニティを作り、助け合って生きることにした。


 そんな営みが、なんとか軌道に乗って安定してきた頃、次に彼らは「故郷の味」を求めた。

 その「異世界」は何もかもが違っていた。彼らの料理に必要なものは何一つなかった。

 しかし、彼らはそれでもあきらめなかった。

 素材が違っても方法が違っても、それでもその味を、故郷をあきらめなかった。

 別の世界からの旅人たちは、肩を寄せ合って生きて、そして、許されたありとあらゆる手段をもって、自分たちの住んでいた世界の「食」を再現しようとした。


 ………それが、彼が育った村。死の荒野の向こう、魔獣が滑る辺境のさらに奥。想像を絶する魔境に彼の故郷があるのだと。


 信じがたい、でも、旅人さんとの今までの事を思えば、色んなことが腑に落ちる物語でした。


「俺の母さんは、その異世界転移で死んだらしい」

 ――え? でも、たしか。旅人さんのお母さんというのは。たしか、故郷の村でご健在なはずで……

「おふくろは、俺の本当の母さんの友達だったっていってた」


 ――あ。この人も、お母さん、を。


「おふくろは、たったそれだけの、他には何の縁もない俺を、今まですっごく頑張って育ててくれた人なんだ」

 

 ――ああ、そうか。そういう、ことなんだ。それで、お母さんのために、あんなに一生懸命に。


 …………


 ――きっとその人も、素敵なお母さん、なんだろうな。


 ◆◇◇


「王都ってでっかいよな」と彼が言いました。

 彼らしくない自嘲を含んだ声で

「俺は何にも知らないでここへ来たんだ。来るのだけで精いっぱいで、何の準備もしてこなかった」

と言いました。


 自分の未熟、あるいは道を急いだが故の準備不足。


 でも、そんなこと当たり前じゃありませんか!

 挑戦なんて、いつだって準備不足です! はじめてのことに、万全の準備なんてできるわけないじゃありませんか!

 何よりあなたは踏み出した! そのことは何の間違いでもないはずです!


 ――口が利けるなら、今からでもすぐにそう彼に言いたかった。

 

 大体、彼がそんな風にゆっくり準備していたら、そうしたら――

と、わたしが心の中の、なんだかわからない気持ちを持て余していた時


 朱天様が「王都に来たこと、悔いておるのか」と旅人さんに訪ねて、その問いに彼は

「そんなことはないよ。だって、今来たから俺はここでフィアーネに会えたんだから」

と答え、城壁の上、王都自慢の空中庭園を見まわしました。

 それだけで、彼が何を思い出しているか、わたしにもわかりました。


「俺はあいつを尊敬してる。俺と同じくらいの歳なのに俺よりも沢山のものをしょってそれでも笑顔で頑張ってる。あんな奴がいるなんて想像したことなかった」


 …………


「俺は、王都の人間じゃないし、できることもそんなにないけど、自分にできる事ならあいつのためになんだってしてやりたいと思う。助けてもらった恩とか借りとかなんて思っているわけじゃいない。俺は、あいつを見て思ったんだ。

 俺も、誰かのためにあんな風に一生懸命になれる自分になりたいと――フィアーネみたいでありたいと、心の底から思うんだ。

 ――フィアーネと会えたことは、俺の一生の宝物だ」

 

 …………

 ……わたしは、大したことしていない。

 王都に不慣れだった彼の、最初の手助けをしただけで。

 器用でひたむきで努力家な旅人さんは、すぐに何でもできるようになった。

 むしろ、わたしの方が、いっぱい助けてもらって、いっぱい励ましてもらった!


 だいたい、誰かのためになんて、そんなおこがましいことは考えてない。

 遠くないいつか、この街で出会った心優しい人たちと別れなくてはいけないから、せめて、自分にできることをやっておこうと、ただそれだけで。

 ずっと面倒を見れない病人さんやけが人さんのところへいくなんて、どこまでも自分自身のための自己満足で。

 ただ、ただ、いなくなる自分を誰かに覚えていてほしいだなんて、浅ましい心根の打算でしかないかもしれなくて。

 それでも、それでもせめて、自分がここにいたあかしを残したくて。

 だから――だから!

 ほんとうは、わたしは醜くてずるくて卑怯で――うそつきで。


 いつだって自分に、都合の良い「いいわけ」ばかりして、いつまでも諦めきれなくて!

 わたしは――わたしは!

 彼に、こんなに、まっすぐな美しい感謝をささげてもらえるようなことは、なにも……なにもできていない!


 ――フィアーネ。わが子孫よ。嘆くのは後でもよい、今はそれくらいにいたせ。


 朱天様の声がした。わたしのいる『場所』にだけ響く声だった。


 ――でなくば、これより始まる『仕合』を見逃すことになろうぞ。


 なかば、地面に崩れ落ちかけていたわたしが顔を上げると、朱天様の視線を通して、黒い杖を構える旅人さんの姿が見えました。


 まっすぐで、ゆるぎなく、力みなく、それでいて、ゆるみもない。


 まるで、彼という人そのもののような、その構え。


 ――確かめてみるとしようか。お前が見出したこの少年の、本当の姿を。どのような魔物がひそんでいるやら楽しみじゃ。妾が手づから引きずり出してやろう。


 どうして、こんなことになったのかはわからないけれど、――でも、朱天様、お覚悟くださいませ。


 ――なに?


 旅人さん――健太さんは、ものすっごく、強いんです!


                  

               第七のお題を消化。次回更新より王都編へ本格突入


 


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