いいわけ
潜道潜
第1話
金曜日はサボりの日。
とっさに出たその言い訳に、何度救われたことだろう。
放課後。
高校からの下校ルートを少し外れた場所にあるショッピングモールの北の端。
ゲームセンターと書店が並んでいるゾーン。
遅くとも17時を少し過ぎたころには、僕らはそこに到着する。
勢い、僕ら、などと主語を大きくしてみたけれど、僕と
たまたま中学のころ同じ塾に通っていたというだけで、今はもう、通っている学校も違う、連絡先も知らない。そんな曖昧な関係だ。
そんなだから当然といえば当然なのか、目的地もバラバラである。
私は書店で、歩はゲームセンター。それぞれの場所でそれぞれサボる。
共通しているのは、それが決まって金曜日だということだけだ。
今日、3月17日も、そんないつもの金曜日。
アレやコレやを放り出し、いつも通りに書店を冷やかしに来た。
特に買うものは無くとも、僕はこの書店という空間が好きだった。
店に入ると、まず目につくのは新刊の小島。
文庫新書漫画に雑誌。
あらゆるナウな商品の詰め合わせ。
歯抜けているのもご愛嬌。
空いた場所には、愛がある。
新刊の小島を出立し、次に向かうは漫画の海。
ジャンプ、マガジン、サンデー、ガンガン。
少女漫画も忘れずに。
最近のオキニはアフタヌーン。
本屋に来てはいるけれど、とはいえ電子も捨てがたい。
カラフルな海を渡った先は、お硬い参考書のコーナー。
小中高と取り揃え、お世話になった本もちらほらと。
サボリ中に参考書など、見たくもないという意見もあるだろうが。
しかし、サボリ中だと一線引くと、意外とエンタメに見えるから不思議だ。
ハードな参考書のゾーンを抜けると、さらに一回り分厚い専門書の山。
こっちはマジで見たこと無い本ばかりがずらり。
背表紙だけでは、何がなにやらな本も多いが、
いざ一歩踏み出し手に取れば、意外とよめちゃったりもする。
そんなこんなで、じっくりぐるりと一回り。
ところどころで足を止めつつ、出口レジにほど近い文具コーナーに着いたころには、
20時を過ぎようとしていた。
年度の変わり目だし、何か新調しようかしらと、ぼーっと、きれいに整理されたペンの棚を眺めていると、タカタカと小気味いいローファーの音が近づいてきた。
「はい、きぃちゃんおみやげぇ」
「ん、ありがと。今日はよく取れた?」
礼を言い、歩に差し出されたキットカットを受け取る。
おそらくはゲームセンターで取ったであろう、個包装のそれを片手で弄びながら、
これかな? と思うペンをピックアップして、置かれた用紙へ試し書く。
「んにゃ、あんましぃ~」
「そっかあ」
「きぃちゃんは? いいのあった?」
「いや、こっちもあんまり」
「そっかぁ」
「……あのさ、歩」
「……なぁに?」
「僕、4月から上京するんだ」
「そっ……かぁ」
隣の彼女が、今どんな顔をしているのかは、なんとなく想像がつく。
中学からこっち、こうして話すようになってかれこれ5年。
お互いのことには何一つ踏み込まなかった年月だったが、それでも、雰囲気くらいは分かるようになった。
ここで、おめでとう、寂しくなるねぇ、と、すまし顔な答えで繕うことも。
なんでもっと早く言ってくれないの、そんなあっさりな程度なの、と、駄々っ子のように唇を尖らすことも。
どちらもしないでいてくれる、曖昧な信頼が、本当に心地よかった。
けれど、それも、タイムオーバーというヤツだ。
だけどせめて、けじめだけは、きちんとつけてから行こうと思った。
ペンを走らせ終えてから、僕は彼女の、瞳だけを困らせた顔に向き合う。
「だからさ、これからは、メッセで話さない?」
「……へぅ?」
「僕はほら、金曜日はサボるって決めてるからさ、調子狂うの嫌だし」
あぁ、なんでこう、とって付けたようなコトしか言えないのだろう。
それでも、これが今できる僕の精一杯の背伸びだから。
えいやっと差し出したメッセID入りのキットカット。
受け取ってもらえないと、一年ぐらいは引きずっちゃうかもなぁ。
いいわけ 潜道潜 @sumogri_zero
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