真夏の昼

あぷちろ

第1話

 陽炎揺らめく真夏の昼下がり。熱された空気を五月蠅い蝉の大合唱がじんじんと震わせる。

 暑さのあまり、田畑で仕事をしている人影はなく、何時もならば我が物顔でコンリートの道を闊歩する野犬すらも今日のこの日は木陰の下で顎先を地面に寝かしている。

 軒先に吊るされた硝子の風鈴が湿気を帯びた微風を受けて控えめに唄う。

 生け垣の内側、日本家屋の板張りの縁側で少年と妙齢の女性が横並びで座っている。傍らには氷の解けた麦茶と役目を果たさない扇風機。

 女性は厳めしい表情を作り、少年を非難しているようだ。少年はうつむいたままもじもじと、所在なさげに内股をすり合わせている。

 少年は額から垂れた汗をぬぐうことなく顔を下にうつむけたままだ。

 それに気づいた隣の女性が白魚の指先でそっとぬぐう。少年は殊更大きく肩を震わせた。

「りおくん」

「な、なあにミレイお姉ちゃん……」

「どうしてあんなことしちゃったのかな?」

 ミレイはちらり、と傍の扇風機へと目を遣る。適当な木の棒を羽の隙間に刺されて、モーターが逆回転してしまったそれは、ボタンを押すだけではもはや動くことのないただの置物と化している。

「そこに……棒があったから……?」

 ミレイは憂いを帯びた溜息をついた。

「ねえ、りおくん。お母さんに言われなかった? むやみに扇風機の中に物をいれちゃいけないって」

「いわれた……」

「お母さんの言いつけ、守れなかったんだ」

 ミレイに改めて事実を告げられると、りおは殊更に落ち込む。

「うん……」

「なら、ごめんなさいしないとね?」

「うん……ごめんなさい、ミレイお姉ちゃん」

 誘導尋問じみたやり取りに唆されて、りおはもごもごと謝罪した。

「ごめんなさい、よくできました――でも許してあーげない」

 ――しかし、ミレイは彼の謝罪を無為に帰させた。

「どぉして……」

「んー。気分かなあ?」

 ミレイの無常な宣言に、りおの涙腺は完全に決壊した。

「ぅえっぐ、どぼじだら、いいの」

「お姉ちゃんのいうこと聞ける?」

 りおは泣きはらした瞳でミレイを見上げ、小さくうなずいた。

 ミレイは目を据わらせ鼻息あらく、りおの太ももへと手を滑らせた。

「言ったね? なんでもしていい?」

「……ぅん」

「言い訳、訊かないから」

 ミレイは獰猛に口角をあげて舌なめずりをした。




 おわり

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