第3話

「恥ずかしながら、私、大学受験が恐ろしくて…」

 具体的には、高校で行われたセンター試験前の決起集会。それが直接のきっかけとなって、深町小町ふかまちこまちは体調を崩したのだった。それも、ただの風邪かと思いきや…。

「肺炎だったの?」

「肺結核です。そもそもメンタルぐちゃぐちゃだったので、入院も長引いて、結局、センターも受けられずじまい…」

 隔離された病室で、毎日、泣き暮らしていたと言う。

「高校は卒業できました。それでも、受験した結果、不合格だと言うのならまだいいのですよ。大学生ですらなくて、浪人生と名乗るのも心苦しくて…」

 鼻をぐずぐず鳴らしている。

「逃げたんですよ、私。でも、結核菌って、ずっと身体の中にあり続けるものだから、中村なかむら先生が元気にならないといけないって」

 出身高校からの進学人数がゼロの美大。だから、美大までへの散歩を日課とした。ふらふらしていたら、私にとっつかまった。黄檗おうばく研究室のソファで眠っていた男の子。この子を見ていてと。

みつくんは、キレイなお人形さんみたいだった」

 ごはんを食べさせて、筋肉が固まらないようにマッサージをして。この子は、病気なんだ。先生や私が、面倒を見てあげないと。蜜くんが元気になっていくのに、深町さんもつられていった。

「なのに、黄檗先生が馬鹿なことを言ったんですよ」

 人差し指で、胸をつかれる。

「ほとんど寝たきりの子供を世話させておいて、あなたと私の間に入った生まれてくるだろう子供が私に迷惑をかけるですって。三人とも欠けているんです。それでも、あなたたちから逃げたいと思ったことなんて一度もない」

 言い切って、深町さんは声を上げて泣き始めた。

 確かに、彼女に与えたのは私だったのだ。

「申し訳ない。私は卑怯だったね」

「そうです」横目でこちらを窺う。「お詫びに結婚して下さい」

 膝の上の手を取る。

「うん」

「え、空耳?」

 そっぽを向いて、笑うのを我慢する。

「そうだ、駒子こまこ!」

「えっ、誰?」

 娘が生まれたら、小町の子供は駒子にしようと心に決めていたらしい。

「駒子?」

 仔馬みたいだな。

「やっぱり、男の子しか生まれないんですか」

「そんなこともないと思うけど…。うん、あれ? でも…」

 黄檗家歴代の求婚物語は、どれも女性から男性へのものだった。

「ごめん。やはり、黄檗は、男児しか生まれないのかも」

「では、犬か猫でも飼いましょう」

 それで、駒子。駄目だ、面白い。私は、顔を上げた。

「笑いの絶えない家庭になりそうだね」

「えっ、えー?」


 それから、深町小町は、黄檗小町になった。



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おうお先生、蒼くんに会いに行く。 神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ) @kamiwosakamariho

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