#KAC20237 敗北のエクスキューズ

高宮零司

敗北のエクスキューズ

 ルフトバーン王国王城、蒼の星冠ルフ・ラーダへの参内を終えた日本国首相、池田勇人は直後に執政府宰相公邸、通称『紅星回廊クレナ・ディーア』を訪れていた。


 公邸最上階にある宰相執務室の天井には星空を模した絵図が描かれている。

 大転移前の星空を模ったその星空に目を向けているものは、その執務室にはいなかった。


「宰相閣下、同盟国たる我が国から残念な報告をせねばなりません、ベトナムにおける超大型ネスト『イスカリオテ』攻略を企図した『アイアン・ガントレット』作戦は失敗に終わりました。」


「なんと、かのBUGどものネストには貴国の精鋭部隊が派遣されていたはずですが…」


 ルフトバーン王国宰相、キナイア・ガードゥナはなんとも残念そうな表情を浮かべながら紅茶のカップを皿へ戻す。


 平民階級初の宰相として知られるこの男は、実業家から政治家に転向した経歴を持っている。池田としては、貴族政治家の多い王国にあって比較的馬の合う相手であった。


「残念ながら、帝國陸軍部隊との通信は途絶したままです。ネストは以前稼働し続けており最深部に到達する前に全滅したものと判断せざるを得ない状況ですな」


「やはりネストは難攻不落、ですか」


「ええ、特に生身の兵士には過酷過ぎる環境ですな。かといって戦車で入っていくには内部が複雑すぎる。堅すぎて爆撃でも破壊不能。さすがに犠牲が大きすぎて、これ以上の戦力投入は控えたい。国際連盟軍の上層部でも作戦中止は止む無しというのが大勢だとか」


「状況は分かりました。致し方のないところでしょうな」


 しばしの沈黙の後、キナイアは禿頭をさすりながら考える目をしていた。そして息を吐いた後、何かを決断する表情になる。


「貴国より要望のあった『人形』に関する技術供与を受諾することとします。詳細は後日、魔法工学院より通知させていただきます。」


「有難い。対BUG戦備に、貴国の技術は必要不可欠であります」


「ですが、やはりアイアン・ガントレット作戦の失敗は手痛いですな。作戦を主導した貴国も、それを支援した我が国も国際連盟の主要各国から批判は免れますまい」


「…その通りですな。だがしかし、南部ベトナム人民の脱出は比較的滞りなく進みました。とりあえずはそれを前面に押し出すほかないですなあ」


 池田は口の端に皮肉げな笑みを浮かべた。

 失言癖のある彼の脳裏には、あれやこれや口出しをしながらさほどの兵力を提供しなかった合衆国や欧州への罵倒に近い語彙が浮かぶ。

―こんの口先だけのお高くとまった大馬鹿たれどもがぁ!いつか思い切りケツを蹴り上げたるけんのぅ!


 脳裏で浮かぶ罵倒は最近メディア受けが悪いせいで慎んでいる広島弁であった。


「事実上の敗北に終わった以上、言い訳と言われればそれまででしょうが、死んでいった将兵の手前、そう強弁するほかありますまい」


 キナイアの顔にも、池田の口に出さない罵倒を理解するとでもいうような笑顔が浮かぶ。


「勝利より悲惨な光景は敗北しかない、どこかで聞いた言葉ですがね。ともあれ我らは敗北してしまった―少なくとも、今のところは。ならば、せめて名誉を護らなければならない。帰らなかった父や夫、あるいは息子が立派に戦い、人類の未来のために死んだと信じさせなければなりません」


「真に同感です、池田首相閣下。ええ、兵士の死、あるいは戦士の誉れとは常にそうでなくてはなりません」


「まさに政治ですな……あるいはデマゴーグと言うべきやも」


「どのみち、似たようなものではないですかな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

#KAC20237 敗北のエクスキューズ 高宮零司 @rei-taka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ