嘘なの?本当なの?

あきこ

嘘なの?本当なの?

 TVから首相の声が聞こえる。もう何度も見たシーンだ。

 ”今回の事案に関しましては、説明する準備をしている所で、まとまり次第国民の皆様に説明させて頂きたい”


 谷口舞はトーストを食べ終わるとコーヒーを一気に飲み、お皿とコップを流し台に持っていきサッと洗う。

 アクセサリーに手を伸ばしながら、TVに目をやると既に話題は変わっていた。


 ”彼女は21歳と言ったんですよ。だから…”

 ”でも制服姿で撮られていますよね?”

 舞はTVから目を離さず、アクセサリーをつける。

 "いや・・・それは、そういうコスプレだと思ったから"

 舞はスプリングコートを羽織り「苦しい言い訳ね」とつぶやいてTVを消した。


 舞が会社に着きPCの電源をいれた直後、デスクに置いた携帯電話が短く震えた。MSGの着信を知らせる合図だ。舞は携帯を確認する。


 ―電車が遅れているので遅れま〜す―


 舞はMSGを見てため息をついた。

 またか!


 舞はPCのログイン画面にパスワードをたたくように入力する。


 電車は遅れてなんかなーい!

 私と同じ路線で、私より会社から近い駅に住んでいて、何故ばれないと思う!?

 大体なんなの?

 MSGだけで済ませるだけでなく、すみませんの一言も書かれてないって!

 なめてるの?なめてるよね?


 MSGを送ってきたのは入社2年目の舞の部下、山口心愛ココアだ。彼女が来てから舞は苦労が絶えなかった。


「舞さん、山口、また遅刻ですか?」

 斜め前に座っている2年後輩の片山達郎が声をかけてきた。舞は片山の方を見る。

「舞さん、顔怖いですよ。気にしたら負けです」

「そうね、そうよね」


 そう、こんな事はいつもの事だ。

 そして、何か注意しようものなら、ココアはすぐに泣く。それに、ただ泣くだけじゃ済まない。

「舞さんが怖いんです」と、私より上の人間に直訴するのだ。


 実際にやられたとき、私はまず驚き本気で呆れた。

 それから徐々に怒りが湧いてきたが、相手は10歳近く年下の女の子と自分にいい聞かせ、何とか抑えた。

 そして私は、プライドにかけて微笑みながら、

「きつい言い方だったかな?ごめんね、ココアさん。今度からは言い方に気をつけるわね」

 と言った。


 その時、バカな男どもが、「大丈夫だよココアちゃん、谷口さんは怖くないよ、優しい先輩だから」などと言っていたのが余計に腹がたって忘れられない。


 始業時間を30分すぎて、ココアが出社してきた。

 何も言わずに舞の隣の席に座りPCの電源を入れる。


 彼女が挨拶もせず、謝罪もないのはいつもの事だ。気にしてはいけない。


 PCが完全に立ち上がるまでの間、彼女は携帯を手に持って何やらチェックし始める。

 そして、やはりいつものようにPCが立ち上がってもしばらくは携帯を触っている。


 うん。これもいつもの事。今更怒ってもしかたない、放っておこう。


 舞は、彼女に伝えないといけないことがあることを思い出す。

「ココアさん、昨日、机の上にノートとペンを出しっぱなしだったよね、ちゃんと片付けて帰ってね」

「え?どうしてですか?」


 ――え?

 そこで、何故「どうして」と返す???

 帰宅時、机の上になにもない状態にするのは、全員が実践してる決まり事だけど!?


「毎日出し入れするの面倒臭から、私はここに置いておくでいいです」


 ――今のは言い訳?・・・ねぇ、言い訳なの??


 ・・・って何???意味が分からない??

 私が親切心で言っていると思ってるのかしら???


 舞がココアの返しに呆れて固まっていると、

「あ、舞さん」と、ココアが何かを思い出したように舞の方を見た。

「はい?どうかした?」

 舞は気を取り直し、できるだけ優しい声で返事を返す。


「わたし、明日休みますね」


 ――??

 ・・・いや、ここで怒ってはいけない。

「どうしたの?何かあるの?」と、舞は微笑みを崩さずに聞く。


「いえ、最近疲れているので、休みたいだけです」


 ・・・有休取得は権利だ。理由にあれこれ言うべきではない。けど・・・

「疲れているの?家で何かあったのかしら?」


「いえ、ただ、寝不足なだけなんですけどね」


 ……な・ん・で、そこは嘘つかないかな!?

 それらしい理由、なんかあるでしょう??

 これをだめだというと、今度はパワハラだと言われるのかしら!?


「そう・・・なのね。X社に出す資料作成に問題ないならいいんじゃないかしら」


「え?いつまででしたっけ?」


 え?って・・・あんたが会議中、勝手に客に期限を答えた案件じゃない!

「・・・今週中に終わるって言ってたと思うけど?」


「あー、無理ですね。来週の火曜に延ばしていいですか?」


 ・・・い・い・わ・け、・・・ないだろう!!

 あなたが客先に来週の月曜には出して説明すると言たんでしょうが!!


 舞の怒りが爆発する寸前に、横から片山達郎が声を上げた。

「それ、お前が勝手に客に出来るって言ったやつだろ?明日休むなら、土日に出てやれば?」

「土日は、ちょっと…無理です」

 ココアの声が少し小さくなった。舞の気分が少し上向く。

「じゃあ、どうする?」

 片山の口調は攻めるような口調ではなく、ごく普通の口調だ。

「手伝って欲しいです。明日は休みたいから」

「手伝うのは良いんだけどさ、今日早く寝て、明日出社する選択肢はない?」

 片山の言葉に、舞は、そうだ!そうだ!と心の中でエールを送る。

「だって、…実はですね、…ほんとは、明日は…彼氏が本当に久しぶりに休み取れたから、旅行に行きたくて」


 ――えっ??

 ………何?さっきのが嘘だったの?

 微妙だけど、嘘の言い訳の方がダメなやつじゃない???

 こっちの方がまだ、それは行きたいよねーとか思ってあげられるよ??


「最初からそう言えばいいのに」

 片山が呆れたように言う.

「だって、舞さんには言いづらくて」

「ん?どうして?」

 舞が反射的に反応して聞いた。

「だって、舞さん、彼氏とかいないし…」


 ココアの声が聞こえてた範囲の人達全員が絶句して、一斉にココアの方をを見た。


 ………


 ……はあああああぁ???

 何考えてるの?何考えてるのこの子は???


「これでも私、色々気を遣ってるんですよ、舞さん男っ気ないじゃないですかぁ。今日の遅刻もホントは彼氏の家から出社したから、時間を見誤ったからだったんだけど、舞さんには言えないからぁ」


 全員が絶句して、ココアを見てるが、ココアはお構いなしに続ける。


「あ、片山さんとかにはいつも本当のこと伝えてますよ。普段、彼氏から電話だから席外しますとかも言ってますよね。…舞さんいる時は、コンビニ行ってお菓子買ってきますって言うけど」


 …つまり、なに?

 この子は、私と他の人とでは、理由を色々とてたってことなの??


 舞は怒りを通り越し、呆れすぎて言葉もでない。


「おまえ…、失礼にもほどがあるぞ!」

 言葉も出ない舞の代わりに片山が怒った声で言った。


「わたしは、舞さんを思って…」

「ふざけるな!」

 片山は、少し大きめの声を出す。ココアは不思議そうに片山を見て、ちょっと拗ねたような顔になる。


「片山さんが、何でそんなに怒るんですか!」

「お前があまりにも舞さんに失礼だからだよ!」

「女の嫉妬って怖いんですよ!私、昔、女の子達から無視された事あって…、気を付けないとまたイジメられるんです!」


 お~い…いつ私があなたに嫉妬したの~?

 舞は頭が痛くなりそうになる。


「お前が昔、無視されてたかどうかは知らないけど、舞さんがそんな事するわけないだろ!」

 片山も大分イライラしているようだ。

 おかげで、舞本人は冷静でいられた。


「なんで、片山さんは舞さんの肩ばつか持つんですか?女の人の事なんてわからないくせに!」

「舞さんの事は分かるに決まってるだろ!俺はずーっと舞さんだけを見てきたんだからな!」


 ――――― 全員が、今度は片山に注目する。


「あ…」

 片山は自分がとんでもない発言をした事に気付き、顔を赤くする。

「あ、いや、これは、その、だから、可愛いくて、じゃなくて、尊敬・・・していて、じゃないか、えっと・・・別に理由ないです、ただ見ていたくて?・・・あれ?・・・・えっと・・・・」

 片山の顔がどんどん真っ赤になり、つられて舞の顔も赤くなる。


 …ちょっと片山くん。それ、一体なんの言い訳?

 もう一体、…何が、ほんとの事なのよ?


 End

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