七回裏の彼女

秋色

【アンラッキー7】

 ギフテッドに会った事があるか?


 それはついさっきラジオの番組内で話題になっていた話。冬の夕方、キッチンで料理しながらラジオを聴くのが習慣になっていた。


 自分はあるだろうか?  

 身近に一人、思い当たる。

 勤めている会社は、地方の情報誌を発行している。そこに断続的に才能を評価されている同僚がいた。その彼女とは、実は入社以前からの知り合いだった。クラスは違ったけど、同じ小学校の同学年だった時期がある。私がこの地方に転勤してきた小四からの三年間。そして通い始めたピアノ教室でも一緒だった。

 佳奈ちゃんという、その子は小柄で大人しく、常に控えめで地味な子だった。それがたまに突然、すごく日の目をみる、というか意外な才能を発揮する事があるのだ。

 今の会社でも、色んなスタッフが挑戦してダメだった企画を彼女が成功させたり。

 また、他の誰もがダメだった事案を取引先に説得する事ができたり。だから普段は空気のような存在の彼女を上司も認めざるを得なかった。

 とは言っても日の目をみる時だけでなく、普段から真面目に努力をしている姿を見ているので、それは当然の結果なのかもしれなかった。単に能力が高いのを普段見せつけないだけで。他の単純作業のような仕事でも、滅多に失敗しなかったし。


 そう言えば、小学生時代もみんなが失敗する走り高跳びを彼女だけが成功していた。体育は2クラスが合同だったので、それを見ていたのだ。

 また、ピアノ教室でも、普段はそんなに上手い方とも思えなかったのに、発表会でみんなよりも上手に演奏出来ていて、驚いたりした。

 見かけによらず、本番に強い子だと噂された。

 


 私はある日、その謎を彼女にぶつけてみた。雪のため電車が止まった日。バスはかろうじて走っていたので、遠回りする経路で彼女と帰路につく事になった。

「そう言えば、佳奈ちゃんって時々すごいよねー」

「時々?」

「いやいや、常にデキる人なんだよね。控えめだから目立たないだけで。私もそんな風になりたいけど無理だな」

「そんな事ないよ。みんな知らないだけでコツがあるの。つまり……控えめだから、上手くいくんだよ」

「え?」

「ラッキーセブンって言葉の由来を知ってる?」

「七福神とか?」

「違うよ。ホークスの試合でもラッキーセブンの応援ってあるよね」

「七回裏の前に応援歌を流して、コロナ前はジェット風船飛ばしたりしてたやつね」

「うん。野球では、七回で試合が動く事が多いからなの。ピッチャーは疲れてくるし、逆に打者はピッチャーの投球を次第に攻略できるようになってくる。それで得点のチャンスに恵まれるってわけ」

「まじでラッキーセブンの応援に意味があったんだ。でもそれと佳奈ちゃんのすごい事出来るコツと何の関係があるの?」

「まず、ピッチャーサイド。継続的な事をする時には、面倒な所を先にして、簡単な所を後に残すようにするの。そうしたら、野球で言う所の七回辺り、終盤の緊張が途切れた所で失敗する事が少なくなるでしょ」

「へー。なるほどね。私もこれからそれ、実行してみようかな。じゃ、次は?」


 ……と私は訊かなければ良かった。


「次は打者サイド。新しい事をみんなで順番にする時に、六番目までみんなに譲って、その間にそれをじっくり見てみんなの失敗の原因を探るのよ。そうしたら攻略出来るようになるの」

「え! それでよくみんなに順番を譲ってたの?」

「そうよ」


 確かに悪意で人に何かをしたわけではない。だけど、私は思い出していた。ピアノ教室で、すごくピアノが上手でいつも自信たっぷりに弾いてたエリちゃん。ヒラヒラのリボン付きドレスを着て一番目で緊張してしまい、途中で弾けなかったエリちゃんの事を。

 また、営業を頑張っていた男性の先輩の事。ある取引先で難渋され、頑張っても成果が出ず、佳奈ちゃんに変わってから、ようやく相手がオーケーを出した事。結局、その先輩は辞めてしまった。生存競争である事は間違いないのだけど。


 佳奈ちゃんは最後に言った。「ラッキーセブンではなくて、本当はアンラッキーセブンなの。そのアンラッキーかどこに隠れているか、それを見極めるのがポイントなのよ」

 そして、最寄りのバス停が私より手前にある彼女は、先にバスを降りた。一面真っ白な雪の積もる舗道を歩く姿は、小柄でやせっぽちで、頼りなげだった。



 結局、佳奈ちゃんは、キャリアのために転職をしていった。私は彼女のラッキーセブン作戦を実行できないまま。



 そして心の何処かに仕舞ったまま数年が過ぎた。ついさっきラジオの番組で話題になっていた話から、彼女とバスで帰った雪の日の事を思い出すまで。



〈Fin〉




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七回裏の彼女 秋色 @autumn-hue

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