菜々の悩み事

大田康湖

菜々の悩み事

 ホワイトデー前日の3月13日。小学4年生の西松にしまつ菜々ななは、ダイニングのカウンター前の椅子に腰掛け、頬杖を突いていた。母親の伊世いよが尋ねる。

「菜々ちゃん、明日はホワイトデーよ。瑛人えいとくんからのお返しが気になる?」

 荒城あらき瑛人えいとは菜々の幼なじみで、毎年バレンタインデーにチョコレートを渡している。去年はクッキーの詰め合わせをホワイトデーにくれた。菜々は真剣な表情で伊世に訴える。

「あのね、菜々は瑛人のことが好きだし、瑛人も菜々のことが好きだと言ってくれてる。でもね、もし2人が結婚したら心配なことがあるんだ」

「どんなこと?」

 菜々はもじもじしながら話し続ける。

「菜々が瑛人と結婚したら名前は『荒城菜々』になるんでしょ。『ナナ』は英語で『セブン』だから、『アンラッキー7』になっちゃう」

 伊世は思わず吹き出したいのをこらえながら答えた。

「大丈夫。その時は、菜々ちゃんの名字にしてほしいと瑛人君に頼めばいいの。パパがママと結婚した時と同じよ」

「そんなこと出来るんだ」

 菜々の顔が明るくなる。

「名字のことは、結婚するときになってから考えればいいじゃない。今は瑛人くんへの気持ちが一番よ」

「そうだね。じゃコンビニでお菓子買ってくる」

 菜々は椅子から滑り降りた。

「行ってらっしゃい。車に気をつけてね」

 財布を取りに自室へ行った菜々を見送ると、伊予は心でつぶやいた。

(実は、貴一きいちさんが私の名字にしたいと言ったのも、離婚した後お母さんの『安楽あんらく』という名字になって、『アンラッキー』とからかわれたのが嫌だったからだというし。いつか菜々もそういった心配をしなくてもいい相手と結ばれるといいけど)

 その時、伊世のポケットのスマホが震えた。取り出してみると、夫の貴一からだ。

『ママと菜々のホワイトデーのお返しにアイスケーキを買って帰るから、冷凍庫を空けといてくれ』

 伊世は微笑むとスタンプで『OK』と返した。

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