不幸の七

異端者

『不幸の七』本文

 私は小さい頃から、自分の名前が嫌いだった。

 「七瀬七奈ななせななな」――それが私の名前だ。「せ」の一文字を除いて、全部「な」。馬鹿みたいな名前だと自分でも思う。いわゆるキラキラネームだ。

 両親が言うには、ラッキーセブンだから縁起が良いと名付けたとか……その場に今の私が居たら、殺してでも止めただろうに。

 小学校、いや幼稚園からずっとこの名前でいじめられて辛かった。

「『な』ばっかの奴」

「馬鹿みたいな名前」

「頭のおかしい名前」

 皆、口々にそう言った。それを注意する先生も、目は笑っていた。

 あまりに馬鹿にされるから、一度本気で男子生徒を殴ったら問題になった。

 しかもその時は、一方的に私が悪者にされた。私に味方は居なかった――誰も。

 名前を変えたい――そう何度も両親に言ったが、聞く耳を持たなかった。

「どうして? せっかく可愛らしい名前を付けてあげたのに?」

 その「可愛らしい名前」のせいで、こうしていじめられてるんだ!

 母にそう言って怒鳴ったら、父が私を叱った。親に付けてもらった名前を悪く言うなんて、とんでもない、と。

 ――付けてもらった? そっちはそのせいで苦労しているのに。私は両親の玩具じゃない!

 私はそう思っても相談する相手も居らず、とあるゲームに夢中になった。

 そのゲームの世界では、名前を自由に付けられたからだ。望んだ名前でゲームのキャラは呼んでくれる。現実世界での下らないしがらみはどこにもない。

 ゲームばかりしていたら、成績が落ちた。父はそれを叱って、ゲーム機を捨てた。

 何を怒ってるんだ!? 全部お前たちのせいじゃないか!?

 私は抗議した。それを聞くと父は、なんでも他人のせいにしているお前が悪いと言い放った。母は名前なんて関係ない。頑張ればいいと言った。

 私は壊れた。

 中学二年の時、とうとう学校には行かなくなった。

 部屋に引きこもって、何度も読んだ本や漫画を眺めて過ごすようになった。

 当時はまだ、インターネットがそれ程普及しておらず、スマホもなかった。

 担任の教員は、私が不登校になった原因に親がつけた名前にあると知ると、親と交渉してくれた。

 しかし、結果は無駄だった。

 親は教員が名前を変えるべきだと言うと、娘が不登校なのは担任のお前に問題解決能力がないせいだ。それを名前の問題にすり替え、責任を擦り付けるなどとんでもないと怒り狂った。

 そのまま学校に抗議の電話をし、生徒の親に責任転嫁する無能な教師だと直接抗議しに出て行った。

 その結果、その教員は担任を降ろされることになった。

 当時はまだ、モンスターペアレントという言葉もなかった。学校側も親の方に問題があると判断できず、教員側が一方的に悪いと思ったのだろう。

 最後に私の所にその教員が来た時、殴られたのだろう、頬には酷いあざがあって、力になれなくなって本当に済まないと泣きながら詫びた。親は何を勘違いしたのか、その様子を満足げに見ていた。

 この人が親だったらどれ程良かっただろう――私は本気でそう思った。

 それからは、部屋のドアすらほとんど開けなくなった。

 新しい担任は、たまに来て親に状況を聞く以外には何もしてこないようだった。

 父は、意外にももう何も言ってこなくなった。

 母は、私の機嫌を取るように何か欲しいものはないかと度々尋ねた。

 私はその度にドア越しに答えると、母がそれをドアの向こうに置く。居なくなったことを察した私がドアを開けて中に入れるということを繰り返した。

 こうして、私がテレビを欲しいと言うと携帯型テレビが手に入った。それを通して「スマホ」という物を知り、それも手に入れた。

 今はスマホでインターネットを通して外の情報を得ている。

 キラキラネーム、毒親、モンスターペアレント――これらの言葉は、全てスマホで知った物だ。どれも私が引きこもり始めた時には無かった。

 世間ではようやく問題だと騒いでいるが、私にはもう遅い。遅すぎた。

 今更、名前を変えたって私の失った時間は返ってこない。それすらも、親が同意するとは考えられない。

 私は通販で買った大型ナイフを見つめた。鋭利な刃が光を反射している。

 これでようやく呪縛から解き放たれる。

 とうとう、あの馬鹿親を始末するのだ。

 もっとも、逃げたり捕まったりする気は毛頭ない。

 親を殺したら、自分も喉を掻き切って死ぬつもりだ。どうせこんな世界、生きていたってしょうがない。


 決行は今日の午後七時七分七秒――スリーセブンだ。

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不幸の七 異端者 @itansya

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