終わらない7回表
冬華
終わらない7回表
7回の表。この回が終われば、恒例の風船飛ばしだ。アルプススタンドに座る正輝は、ボロ勝ちしていることもあってニコニコ顔で、バッグの中から買っておいた風船を取り出した。もちろん、風船を膨らますためだ。
すると、場内放送が流れて、ピッチャーの交代を観客に知らせる。
「先程の回、代走しました久万がそのまま入りセカンド。セカンド本山に代わりまして、7番ピッチャー馬庭。背番号47——」
5点差のリードがあるから余裕と見たのだろう。昨日の試合でピリッとしなかった桐谷投手を島谷監督は起用した。何とか立ち直ってもらいたいという監督の親心が伝わってくるが……
「おい、島谷ぃ!ホンマに大丈夫なんか!この試合、負けたらヤバいんとちゃうんか!」
「せや!負けてやる余裕なんてないやろが!!」
スタンドは騒めき、容赦ないヤジも飛ぶ。何しろ、開幕からずっとここまで首位をキープしているものの、2位バードズの猛追により、ゲーム差は最大12から4にまで減っていたのだ。負ければ、週明け火曜日からの3連戦でどうにかなる危険水域へと突入する。点灯していたマジックナンバーも消滅するのだ。
そして、正輝もこの観客のヤジと同意見だった。この7回の表は昔から何かとアンビリバボーなことが起こるのだ。ただでさえコントロールに難があるというのに、果たして乗り切れるのかと。だから、不安を感じて、風船を膨らませるのは少し様子を見ることにした。
「ボール・フォア!」
すると、やはりというか。桐谷投手は先頭のランナーをストレートのフォアボールで塁に出してしまった。ただ……スタンドからのヤジは先程と違って少ない。皆、風船を膨らませるのに口を使っているため、そんな余裕がないのだ。そうしていると……
カーン!
次のバッターは、セカンドゴロを打ち、4-6-3で併殺が完成した。
「やべぇ!いそがないと……」
思わぬ展開で、急に風船飛ばしまであとアウト1つとなり、正輝は慌てて風船に口を付けて息を吹き込んだ。しかし、二つの風船を膨らまし終えても、7回表の攻撃は終了していなかった。
すでに、色取り取りの風船がスタンドを彩っているというのに、桐谷投手は連続してフォアボールを出して、グランドの方も3人のランナーを塁上に置いていたのだ。そして……
カキーン!
快音と同時に打球がセンター前に抜けて、ランナーが一人生還した。これで差は4点差となる。さらに、押し出し四球で3点差。不安が的中した正輝の顔から笑みは消えて……ここでピッチャーが代わった。
「ピッチャー桐谷に代わりまして、磐佐。背番号13——」
リリーフカーに乗って磐佐投手が登場し、マウンドに上がるが……その間、スタンドの観客は風船の口を握り続けなければならない。時折、耐えかねて「ぴゅう~」といって飛んでいく音や「パン」と破裂する音も聞こえ始めてくる。
「おい!いつまでチンタラ投球練習をしとるんや!こっちは手がしんどいんやから、さっさと投げぇや!」
そして、たまりかねた観客からも口が使えるようになったこともあってか、容赦なくヤジを飛ばし始める。次第にスタジアムは剣呑な雰囲気に変わっていき……だからなのか、磐佐は7回表を終了させることが中々できない。アウト1つが果てしなく遠かった。
カキーン!
カキーン!
あっという間に連打を喰らい、ついに1点差。しかも、同点、逆転のランナーが3塁と2塁にいるという状況だ。
「ははは……今日はアンラッキー7か……」
思わず、正輝はがっくり肩を落としながら、乾いた笑いと共に思いを吐き出した。まさか、5点も勝っていたのに一気に吐き出して、挙句ひっくり返されるとは……と。そして、トドメはサードゴロを1塁へ悪送球。ボールがライトファールゾーンへと転がると、他の多くの観客同様に、手に持っていた風船を放して空高く打ち上げた。
ラッキー7まであとアウト1つだったが……もう、やってられないという気持ちを乗せて……。
終わらない7回表 冬華 @tho-ka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます