新説・竹取物語

大隅 スミヲ

新説・竹取物語

 知っているのはこの空だけ。

 わたしが月になんて帰らないということを。


 普通に考えればわかることなのに、殿方たちはみんな信じてしまった。

 恋は盲目というけれど、どうしてわたしを愛してくれるの。


 わたしはまだ、誰のものにもなりたくはないの。

 まだ、独り身でいたいの。


 わたしの歌を聞いただけなのに。

 わたしの姿を見たこともないのに。

 どうして、わたしを好きだと言えるの。

 どうして、わたしに求婚できるの。


 恋の駆け引きをわかっていない殿方たちは、わたしの言いなり。

 だから、ちょっと意地悪をしてみた。


 石作皇子いしづくりのみこには、仏の御石の鉢。

 車持皇子くるまもちのみこには、蓬萊の玉の枝。

 阿倍御主人あべのみうしには、火鼠の裘(裘は動物の毛皮で作った服)。

 大伴御行おおとものみゆきには、龍の首の珠。

 石上麻呂いそのかみのまろには、燕の産んだ子安貝。


 指定したものを持ってきたら、一度会ってみてもいいわよ。

 そう伝えたら、殿方たちは我先にと走り去った。


 そんなものあるわけがなかった。

 噂話でしか聞いたことのない、それぞれの道具。

 都市伝説ってやつ?

 この世には存在しないものを持ってこいって言ったのに。

 殿方たちの求婚を断るための無理難題だったのに。


 まさか、それを探しに旅に出てしまうだなんて、思いもよらぬことだった。


 でも、結局は誰ひとりとして、目的の物を持ち帰ったものはいなかった。

 それはそうよ。だって、この世には存在しないものを持ってこいって言ったんだから。


 殿方たちはわたしのことを諦められず、あの手この手でわたしに求婚を迫ってきた。


 石作皇子は、ただの鉢を持ってきて「これが仏の御石の鉢だ」と言って、わたしに会いたいと言ってきた。でも、その鉢はどこにでもあるものであり、偽物だった。


 車持皇子は、わざわざ職人たちに蓬萊の玉の枝を作らせて持ってきた。作りものだとすぐにわかったので会わなかったけれど、その後になって料金未払い問題が発覚したらしく車持皇子はどこかに姿を消してしまった。


 阿倍御主人は、火鼠の裘をどこかで買ってきた。「本物を持ってきたから会ってくれ」と言っていたけれど、燃えないはずの火鼠の裘は火をつけたら簡単に燃えてしまった。やっぱり、これも偽物だった。


 大伴御行は、龍の首の珠を探しに旅に出たが、その旅先で病に冒されてしまった。それっきり、大伴御行は会いに来なかった。

 ちょっとかわいそうなことしちゃったかな。


 石上麻呂は、燕の産んだ子安貝を探して屋根に上ったところ、屋根から落ちて怪我をしてしまった。

 その後、石上麻呂がどうなったかはわたしは知らない。


 そんな諦めの悪い5人の殿方たちを諦めさせたわたしは、独身ライフをもう少し楽しもうと思っていたのだけれども、そんな矢先に今度はみかどがわたしに求婚をしてきた。


 どうして、殿方たちはわたしに惚れてしまうの。

 わたしは殿方たちに、素顔を一度も見せたことはないというのに。


 特に帝からの求婚なんてありえないから。

 だって国のトップだよ。

 国のトップが顔も見たことないわたしにプロポーズする?

 そんな人が国のトップでいいの?

 大丈夫、この国?


 もちろん、帝の求婚も断った。

 それでも、帝はあきらめなかった。

 ひと目でもいいから、あなたをこの目で見たい。

 そんな文を何度もよこした。


 だから、わたしは嘘をついた。

 わたしは月に帰らなければならないと。

 そういえば帝が諦めてくれると信じて。


 本当のことを知っているのは、この空だけ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新説・竹取物語 大隅 スミヲ @smee

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画

同じコレクションの次の小説