宿屋アルタイでの怪死

第1話 ミヒュガン入り

「――おっ。見えやしたよ、おのおの方!」

 スィン・ケイフウが殊更に明るく、面白おかしい口ぶりで、後ろに乗せている面々に声を掛けた。車上の人として日の大半を揺られて過ごし、夜になれば野宿続き。次の町はまだかまだかと待望する気持ちは程度の差こそあれ、ユウ・イーホン、マー・ズールイ、そしてリュウ・ナーの三名とも同じである。

「ほんと?」

 幕の間だから顔を覗かせると、ナーは前方に目を凝らした。乾燥地帯故、砂埃のせいでけぶってはいるが、遠目にもそれと分かる建物が林立していた。

「話に聞いた以上に、大きな集落みたい」

「そのようで。情報がちと古かったかな」

「友好的に受け入れてくれるのであれば、大きかろうが小さかろうが気にしないわ」

 ユウ・イーホンがナーとは反対側に座り、同じく顔を出す。そしてケイフウに尋ねた。

「ミュヒガンは一応、中立の緩衝地帯の只中にある町でしょ。情報が古くて、今はヌァイシンの人間お断り、なんてことはないでしょうね?」

「そこまでなっていたら、さすがに伝わって来ますって。曲がりなりにも、街道沿いなんだから」

 あってないがごとき荒れた道だったが。

「心配しなくても大丈夫ですよ」

 ズールイの声が奥から聞こえた。

「黙ってましたが、ミュヒガンにはホァユウ先生の教え子が赴任しているんです」

「え?」

 初耳だ。ナーもイーホンも同時に後ろへ振り返った。

「教え子ってことは当然、験屍使として?」

「ていうか、なんで黙ってたの」

「わざわざ言うほどのことじゃないし、僕もあとから聞かされたんだよ。ほら、前に焼死体の験屍で急遽駆け付けてくださった際に、そう言えばって感じで」

 天を指差す手つきをして、説明するズールイだったが、その折にホァユウと会えていないナー達にとっては、ぴんと来ない。

「と、とにかく、僕にとって兄弟子に当たる人でもあるし、問題なく職務をこなしているそうだから、ヌァイシンの人間が嫌われているなんてのはあり得ない、でしょ?」

「まあ、そうね」

 イーホンが納得した様子で二度頷く。その頃にはミュヒガンの町のすぐ前まで来ていた。太い材木を横に重ねた囲いと門がはっきり見える。

「その験屍使さん、名前は何て言うのかしら。ズールイ君と面識は?」

「チン・ベツアンさんです。面識は、あってないようなものですかね。自分がまだホァユウ先生の正式な弟子にはなっていない、手伝いみたいにしてうろちょろしていた頃に数えるほど」

「ていうことは、結構おじさん?」

「え、ええ。ホァユウ先生よりも上のはずです。元々、験屍の仕事をしていたけれども、より新しい技術や知識を身に付けるべく、自分よりも若いホァユウ先生に教えを請うたと伺っています」

「ふうん。齢を重ねても向上心があるのはよいことね。それにしても、そんな優秀な験屍使を送り込む必要があったということは、このミュヒガンて町、犯罪が増えているのかもしれないわね。それも、人が命を落とすような」

 さらっと言って、イーホンは唇に苦笑いめいたちょっとした歪みを作った。

「これから入ろうって言うのに、脅かさないでくださいよ、イーホン先生」

「もちろん冗談よ、ナー。でも、気を付けるに越したことはないわ」

 不安の色を露わにした若い教え子に、イーホンは今度は本物の笑みを向けた。


 宿場町的な性質を残すミュヒガンであるが、その発展に伴い、街の様相は既に一大地方都市と呼んでも差し支えない規模になりつつある。

 領土という意味ではここはまだ明確にヌァイシンの地だが、国の中央からは遠方故、情報の行き来がやや疎らなのである。その分、信を置ける者に仕切らせている。

 西戎の部族の居住域と接する位置にあり、過去はともかく、それなりに交流のある現在は、物や人、文化などが行き交う要の街とも言える。

「――想像になるけれど、そういう地の利を活かして、商いが盛んに行われ、街自体もこうして豊かになったのかしらね」

 道沿いの店々をちらちらと見やりながら、解釈を述べるイーホン。ナー達も同じように街並みに意を取られつつ、頷いた。

 街に入ったリュウ・ナーらの一行は、今夜の宿を目指していた。ヌァイシン国の任務で動いていることは伝わっており、そのおかげで、このミュヒガンでは宿が前もって確保されていた。自ら探す手間が省けてありがたい。案内の方は、今ちょっとした揉め事が別に発生しており、人手を割けないということで経路を示した簡単な地図を渡された。

 ちなみに馬車の類は道幅の都合上、規則により中心部までは乗り入れられない。許可を得れば可能になることもあるが、申請してもすぐには下りない。先行して許可を得た車との兼ね合いで、調整し直すのが難しいためだ。よって、外部の者が自己所有の馬車で訪れたときは、門をくぐって少し進んだところに設けられた停車場に預ける習いとなっている。

 イーホンらの馬車はその荷とともに、厳重に管理・警備すると請け合ってもらえた。無論、馬の世話も。令札のおかげだ。

「――そこの角を右に折れたところにあるようです、宿。えっと、三つ目の建物になるのかな」

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薬師・熊一紅《ユウ・イーホン》の西国知見行 小石原淳 @koIshiara-Jun

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