第7話 棘は盾にもなる
謎かけの如く問われたリュウ・ナー。彼女自身の専門から外れた質問ではあるが、師匠の知識の幅広さを見せつけられた直後とあっては、簡単に白旗を揚げられない。意識を未見の当たりに集中させ、あれやこれやと可能性を探る。
「それは……どこに隠したのかということと……遺体がなるべく傷まないようにすること、ですか?」
「さすがリュウ・ナー、当たりよ」
褒められて少し気分がよくなったものの、浮かれてばかりいられない。
「ですが、その方法が皆目分かりません」
「場所に関しては、木や大きな岩を目印にすれば、おおよその見当は付けられる。川岸にできるくぼみも特徴的と言えるしね。ああ、もしかしたらハシバミの枝を折ったのも、目印の補助の一環かもしれない」
「あっ、そっか」
「それから二つ目の、御遺体をどう守るかだけど、時の経過や熱による傷みの進行はある程度やむを得ないとあきらめざるを得ないでしょうね。となれば、優先すべきは、食われないようにすること」
「食われ?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。呟くことで、ようやく理解が追い付く。
「乾いた土地であっても、肉食の獣は生息している。そんな連中が嗅ぎ付けて、遺体を掘り起こして食べてしまわぬよう、盾の役割をある物に担わせた。それが仙人掌の棘だと思うの」
「まさか、そこいらに生えていた仙人掌の棘を葉ごと取ってきて、遺体の周囲に置いたと?」
「周囲どころか、遺体を全面的に覆うぐらいだったんじゃないかしらね。でなきゃ、枯れた棘が肌に残らないでしょうから。葉が見当たらないのは、予想以上に乾燥が早く進み、からからの粉々になって、飛んで行ってしまった」
「例年以上の乾きぶりからすれば、あり得る、か……」
ズールイはイーホンの説を認めたようだ。だが、それにしては表情が明るくならない。
「だとしたら、ちょっとまずいことをしてしまったかも。風のせいで砂が除けられた結果とは言え、仮の安置所を勝手に暴いてしまった形になります。スィン・ケイフウさんの話では、西戎の諸民族全てと友好的にやれているわけじゃないとのこと。どうしましょう?」
「私も政治的な情勢にはあまり詳しくないのよね。ファルテシアに向かうには、途中、西戎の地を通らざるを得ない。こうして国が送り出してくれたからには、ある程度安定した状態を確保できていると信じてはいるのだけれど。ここで余計な行動をして、藪をつつくような真似は避けましょう。そういうわけで、御遺体を元に戻すのが最善でしょう」
「うわー、これまでの諸々は完全に徒労ですか。はあ、疲れた」
「疲れるのは、やるべき事を済ませてからに。スィン・ケイフウさんにも手伝ってもらいましょう」
「私も」
ナーも率先して、遺体を元の位置、元の状態に戻すのを手伝った。いや、厳密には元通りではない。どのくらい砂に埋もれていたのか、どれほどの仙人掌の棘があったのかなんて、想像するほかないからだ。
それでも、リュウ・ナー達は、旅の途中で斃れた仲間を隠し、後ろ髪引かれる思いで立ち去ったであろう西戎の人の気持ちを汲もうと努める。そうして最後に自分達なりの弔いの文言を唱え、この場を去ることに。
「あ、でも、解けてない疑問がまだ残ってますね」
ナーはふと思い付いて言った。馬車に乗るとまたしばらく足腰そしてお尻の痛みに耐えねばならない、その憂鬱な気分が、少しでも出発を遅らせようと働いたのかもしれない。
イーホンが「何かしら」とこれに応じた。
「火傷の原因です。熱いお湯の出る泉なんて、この辺にはないはずですし、水不足が続いているのだから、道中、沸かした湯で大火傷を負うのも考えにくいんじゃ……」
「なるほどね、理屈が通っている。推測になるけれども、こう考えてはどうかしら。我々には内緒にしているだけで、西戎の人達は高熱の温泉を発見しており、常日頃から利用している、と」
「内緒にって、関係がうまく行ってないから、ですか。温泉ぐらいのこと、隠します?」
「分からないわよ。温泉が湧いているけれども、それ以上に大事な物がその近場から取れる、なんて状況もあり得る。一番単純に考えるなら、硫黄とか」
「硫黄」
特有の臭気を思い起こし、ほぼ無意識の内に鼻呼吸を止めた。殺虫剤やら漂白剤やらに用いられることは、よく知られた話だった。
「硫黄なら僕達の国でも充分採れるから、隠す必要はなさそうですが」
ズールイが口を挟む。一旦乗り込んだ馬車から降りて、このちょっとした議論に付き合うつもりのようだ。
「だったら、隠したい相手は私達ではなく、同胞なんかもね。個人で硫黄の採掘を独り占めできれば、相当に儲かるでしょ」
イーホンの方は早く発ちたいのか、標本採取に用いた道具類を手際よく戻すと、手をはたいた。ケイフウも同じらしく、護衛から馭者へと気持ちを切り替えたか、馭者台に腰を据えた。
「これから進む方向、多少外れた土地にそういった場所があるのかもしれない。若い二人が気になるってのなら、念のため注意を払いつつ、進むことにしましょうや」
ケイフウが提案する。
「そうですね。硫黄なら臭いで分かりそうだし。あ、でも、臭うにもかかわらず、僕らヌァイシンの人間が見付けられずにいるってことは、よほどへんぴな場所、離れたところなのかも」
「はいはい、そこまで。本来の目的を忘れないようにね。下手に見付けて、揉め事の種になるのはごめんよ。ま、ここで時間を取った私が言う台詞でもないんだけど」
そうして今度こそ切り上げた。一行はファルテシアを目指し、再び西へと進み出す。
ちょうど風が出て来た。見上げると、空を行く雲の動きが、まとまったひと雨を予感させた。
エピソードの2、終わり
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