決戦のホワイトデー?!

これで決着?!

 あいつのうちは柔道一家。


 おじいさんは県警の師範で、お父さんも県警で指折りの実力者。お母さんもけがで競技を断念するまではオリンピック候補生で、その縁で二人は知り合ったんだとか。

 さばさばしたお姉ちゃんは私も大好きだけど、お姉ちゃんもやっぱり小さいころに柔道を始めたとか。

 あいつは結局、お姉ちゃんに引きずられるようにして道場へ。

 小さいころのあいつは、どっちかっていうと家族の厳格さに押され気味の引っ込み思案。

 居場所はいつも、道場の隅。

 私がいつも、引っ張り出していた。

 私?

 私はやんちゃだったから、それをどうにかしたい親に無理やり通わされてた。

 道場ではいつも隣同士で。

 あいつは礼してからもまだ、もにょもにょしていて、先生に怒られることも多かった。


 乱取り稽古では腰が引けていて。

 見かねたお姉ちゃんが投げ飛ばして、泣いていた。


 情けねえ、やつ。


 私はその当時、男の子よりも体格良くて、あいつのことは鼻で笑ってた。


 いま思えば生意気。

 顔から火が出そう。


 ああ、もう!

 恥ずか死ねる……。


 あのころはあいつのこと、ポンポン投げてた。

 小学生がそこまで意識なんてしないけど。

 あっちはどうか知らないけど。

 思い出せば、当たり前だけど、組み合いなんてしてたんだよね。

 小学生の高学年まで、あいつと私は体格同じくらいだったから組まされること多かったし。


 あいつと……。


 うっわあ!

 ああ、もう!!


 ジタジタバタバタ……、なんか、なんか、もう……っ!


 ああ、ダメ……。


 あいつとは、中学は別だった。

 道場では一緒だったけど、そのうち私は道場にも通わなくなった。

 中学生って多感じゃない?

 中二病っていうのかな?

 体格だけで勝っていたのが、そのうち真剣に柔道に打ち込んでいる子たちにどんどん抜かれて。私は身長がすぐに止まって、気が付けば平均より低いくらいに。

 負けん気だけは人一倍だったから。

 それも、ね。

 抜かされていくのがしゃくにさわって、いやになって、へんなふうにへそを曲げちゃったんだなあ。


 あいつはでも、根がまじめ。

 うん。

 よく知ってる。

 なんだかんだいって、あいつはずっと道場に通っていたし。

 オリンピックで柔道の金メダルラッシュにも触発されて。

 一緒に中継、観ていたんだよなあ。

 まあ、二人きりじゃなく、道場でみんなと、だったけど。

 私はどちらかといえば、真剣なあいつのほうばかり見ていたようで、あの時の映像とか、誰が勝ったとか、全然覚えていないんだよなあ。実は。


 そのあとすぐだった。

 私が最後に道場に行った日。

 お姉ちゃんをついに投げたって、大喜びであいつは跳びはねてた。


 かわいい。


 もうずいぶん背も伸びて、私よりも大きくなっていたけど。

 でも、無邪気に喜んで、「礼を失する!」って、先生に怒られる姿も含めて……。

 かわいかったな。

 なんかね、そんなふうに見えた。

 あのあと、お姉ちゃんにこっそり教えられた。

 自信をつけさせるためだって。でも、だからって、そこまで手は抜いていないって。

「あいつは強くなる」

 真剣にお姉ちゃんは言ってたけど、自分のことのように誇らしかったな。


 いま思い出しても……。


 うぅ……。

 なんか、なんか、もう……。


 再会は高校で。

 全然知らなかったんだけど。

 向こうから、


「よっ!」


 気楽に、爽やかに、後ろから肩をポンて。


 体は見違えるほどごつくなってたけど、すぐ分かったよ。


「だれ?」


 それは冗談に決まってるのに。

 あいつは地獄の底に落ちたみたいな顔になって。


 かわいい……。


 それからは、立場はやっぱり私のほうが上で。あいつはガタイだけは良くても私には頭上がらなくて。その関係は男友達同士のようで。それが私も心地よかったし。

 照れ隠しもあったかも知れないけど。

 中身は昔のまま、それがうれしくて。

 あいつはどんどんかっこよくなる。

 大きな大会でも勝って、学校でも表彰されて、新聞でも取り上げられて。

 一途な性質たちだから、柔道に真剣になればバッキバキのムキムキの体になったし、身長も一気に180超えたし。そういうのが好きな子たちからはひそかに。ひそかにというか、ほっておかれないよな。そこはでも、「今さら」って苛立ちもして……。


 あいつは何にも気付いてない鈍感。


「もてねえ!」


 って、私に会うたび。


 まあ、私もそこそこいじわるで、二年生の時、私とあいつが仲のいいこと知ってて「バレンタインデーに何贈ったらいいかな?」って、相談してくる子には、


「やめとけ」


 と、今は減量にも大変なんだからって、じろっとにらんだこともあった。ついつい。


 あれは我ながら……。


 嫉妬。


 だよなあぁ。


 丸わかりだったかも?

 いや、そうだな。

 あれ以来、少なくとも私の周りであいつへの好意的なもの寄せる子なんて聞かなくなったし。

 時々、仲のいい友達からはからかわれていたし。

 ……人のこと言えないか。

 私もそこそこ、鈍感だ。

 純情、って言ってほしいけどね、乙女としては。


 似合わないなあ、それも。


 似合わないといえば……。


 高校卒業間近。


 あいつは都内の柔道強豪校にスカウトされるほどになっていた。

 喜んでたなあ。

 あのオリンピックで見てた選手はまだ現役で、その大学の卒業生だけど、今でも大学には練習で通っている。そこへ行くことが夢だ、なんて、大真面目に私に語った時もあったし。

 そのときのあいつの顔……。

 うん、かっこよかった。

 かわいいとは言えないな、もう。


「がんばれよ!」


 背中叩いたのは照れ隠しと寂しさと。


「いってえなあ」


 もう、私が叩いたくらい何ともないのに。

 笑った顔は小さいころのままで。

 私は鼻をすする顔見られたくなくて、すぐにその場から逃げた。

 でも、そのとき決意したんだ。


 チョコケーキ。

 バレンタインデーに。

 鈍いあいつに叩きつけてやる!


 でも、全然うまくいかない。

 初めてなんだよ、ケーキ作りなんて。

 それなのに、なんか自信満々、簡単だろう? って、そりゃあ、その手の動画はきれいに出来るに決まってる。その通りなんて出来るわけないって、早く気付けよなあ、私。

 時間だけは残酷にも過ぎていって。

 キッチンがガチャガチャ、ぐちゃぐちゃになるだけで。

 うまく出来ないケーキに、私自身を重ねてしまってもいた。

 もっと早くから、もっと早くに……。

 そしたらもうちょっとは……。


 やっとの思いで完成させたのは、もう夜中。

 それでもやっぱり、膨らまなくて、ぺちゃんこで。

 最初の計画では、ラインで、


『待ってろよ』


 って、威勢よく予告してから行くはずが。

 それも出来なくて。

 焦ったら、ラッピングだけはきれいに出来ていたのに、落としてさらにぺちゃんこに。


 泣けてくる。


 それでもだ!


 女の意地。


 日付替わる前にあいつのうちへ。

 一つ深呼吸して、飛び出るくらいの心臓の音聞きつつ、チャイムを鳴らした。


 出たのはお姉ちゃん。

 もともと、あいつよりお姉ちゃんと気があっていたくらいだし。

 お姉ちゃんのあの反応は、全部分かってた?

 もしかしたら、昔から?

 それはでも今はどうでもいい。


 あいつを待つ、ほんの1分ほどがもう……。

 息苦しくて。

 顔は熱くて。

 心臓ははち切れそうなほど高鳴って。


 あいつが出てきたら。

 その大きな体を見たら。

 顔、見たら。

 失敗ケーキに血の気が引いて。

 怖くなって。


「落とした」


 押し込むようにして渡せば、また逃げちまった。


『うまかった』


 なんか、ぶっきらぼうなライン来たけど、返信出来なかったな。


 それからはすれ違い。

 あいつは柔道の練習に忙しい。

 私も避けていたし。

 もともとラインでのやり取りはお互い苦手だったこともある。


 ついには、卒業式の日。


 あいつは式の直後から大学の合宿へ。

 入学前からがんばるもんだ。

 私は卒業の感動も余韻も、何もかも上の空。

 ここを逃がしたら……。

 もう、逃げるわけにはいかない!


 見付けた!!


 ここが最後。

 私は、あいつに。

 バレンタインデーの夜にもらえなかった返事を……。


 逃げた。

 逃げていた。

 それを見たら。

 また。


 思えば私は逃げてばかり。

 柔道からも、あいつからも。

 情けないのは私のほうだ。


 あいつは告白を受けていた。


 男子からいつもかわいいって言われてたやつだ。

 私なんかは「媚び売って」と彼女も、それになびる男も女も無視してたけど、結局、ああいうのが、かわいいのが、男はいいんだろうなあ。


 女だけの卒業パーティー。

 仲のいいのだけの集まり。

 やけくそ気味で、カラオケは大盛り上がりだったけど。


 その夜からは……。


 大学、私も意地で都内の受けて、何とか一つ受かったけどさ。


 その喜びなんて、吹っ飛んでる。


 ああ、今日は3月14日か。

 もう、そんなに経ったんだな。

 私には関係ない。

 うじうじと今日もベッドのなか。


 もう、何もかもどうでもいい。




「あんたにお客さんよ!」


 母さんが下で叫んだ気がする。

 なんか勇ましい足音が登ってくる。

 さすがに父さんにどやされるか?

 いいや、もう。

 無視だ、全部無視。


 それなのに。


 乱暴に戸が開けられて……!

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