可愛いあの子

秋色

「そうちゃん」

 久々に関西に演劇を見に遠出をし、チェーン店のカフェでコーヒーを飲んだ。

 隣のテーブルから声が聞こえてくるのが何だか懐かしい。そう言えばここしばらく、静かな店しか訪れていなかった。

 隣は二人連れ。見た目は女子大生位に見えるけど、おそらく社会人だろう。一回り以上年上の男の自分からすると今どきっぽい言葉が気になるも、今はこんなものなのか。


「久々に、そうちゃんを見た! やっぱカワイイよね!」


「うん、可愛い」


「ウチらと同い年に見えん。若く見えるし」


「吹田の主婦になって三年経つなんて早いねー!」


「吹田の主婦!」


 自分は、成人した女性に対し可愛いなんて言葉を使うのが嫌いだ。可愛いなんて子どもに使うものだ。大体、いつまで子どもっぽい可愛さを売りにしたいんだって思う。

 

 魅力的な女性ヒトを見つけられず、いつまでも独身貴族なんて死語を使われるのも、こんな頑固さがあるからだとは思うが。



「ピンクのエプロンが似合うよね」


「うん。天然ぶりも可愛い」


 人の天然ぶりを可愛いとみなすのも嫌いだ。天然なのは、思い違いをしやすい性格で、それを肯定して開き直るのが嫌だ。


 自分がこうなったのも高校時代のトラウマなのだろうか。通学の電車の中で話し始めるようになった他校の女の子。いつしか好意を持ち始め、付き合うようになった。夏も白の厚めのカーディガンを着て、可憐。いわゆる「カワイコぶりっ子」だ。でもそれが好きだった。なのに……。


 ――エプロンで筋肉隆々の上腕二頭筋が強調されてるのがいいよねー――


 ――うん、うん――



 おいおい、黙って聞いてれば。一体どういう女なんだ。まさか俺の心の中の昔のわだかまりがそんな聞き違いをさせているのか?


 高二の秋、他校で行われた陸上大会で、付き合っている女の子を偶然見かけた。

 カーディガンを脱いだアスリートの彼女の上腕は筋肉隆々だった。俺に気付かれた事を知った彼女は悲しそうにしていた。まるで「鶴の恩返し」で、鶴とバレた時の主人公の奥さんみたいに。

 それ以来、連絡は途絶え、朝、電車で会う事はなくなった。

 帰宅部だと嘘をつかれていた事がショックだった。でも実はイメージが違ったのも正直、ショックで。それを見抜かれたのだろうか。




「そうちゃんのエクボ、可愛い」


「でもムスッとしてる時の顔もいい」


「うん。あれは自分自身に納得がいってない時なんだよ」


「そうだよ。完璧を目指してるんだよ。スポーツやってる人間のサガ」


「向こうっ気の強さがあるから、かえってそれが緩んだ時の顔が可愛い」


 そうなのか。そんなものなのか。今、隣の席に座る彼女達が「そうちゃん」を崇めているように、あの女の子を見てあげたかった。



 二人連れが何かヒソヒソ会話した後、一人が俺に向かって話しかけた。



「声が大きかったのなら、すみませんでした」


「え?」



「大きな溜息をつかれたので」


「いえ、違います。君達の会話で、昔の女友達の事を思い出したんです。そうちゃんは、きっと自慢のお友達なんですね」


「友達?」


「だって表情がどうとか……」


「あー、ベンチの様子が中継で映るんですよ」


「は? ベンチ?」


「オリの山崎選手の話をしてたんですが」





 俺は勘違いして会話に入って恥をかいた。でも……。


「よく分からないが、その方もきっと魅力的な方なのでしょう」


 そう、きっとあの時の彼女と同じように。そしてもっと早くその事に気付くべきだった。


 俺は戸惑う二人をあとにし、店を出て、桜の花びらの舞う駅前の舗道を一人歩いていた。




〈Fin〉


 *吹田の主婦をご存知ない方は検索下さい。

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可愛いあの子 秋色 @autumn-hue

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