お力様と鬼女

棚霧書生

お力様と鬼女

 むかしむかしある村に、とても力持ちの少年がおりました。少年はその怪力のおかげで、大人が五人がかりでやっと動かせるような大きな岩を片手で持ち上げたり、重たい米俵をひょいひょいとお手玉のように扱ったりすることができました。村の人たちはこれは神の子に違いないと思い彼をお力様と呼び、敬いました。彼が大きくなってからはますます筋骨隆々となり、腕力でお力様の右に出るものは村にも、街にもおりませんでした。

 お力様はいつも退屈していました。自分と同じくらい力の強いものはいないのかと。お力様は腕相撲では負けたことがありません。そこであることを思いつきます。

「そうだ祭りを開こう、皆で腕相撲をして力を比べ合う。怪力祭なんて名前はどうだろうか? 優勝者には二代目お力様の名を名乗ることを許し、豪勢な食事をふるまうことにしよう」

 これなら強い相手がやってくるかもしれない。お力様はさっそく村の者たちに怪力祭を開催することを話しました。

 怪力祭にはたくさんの人がやってきました。力自慢の若い男たちが次々にお力様に腕相撲対決を挑みます。しかし、結果はすべての勝負でお力様の圧勝でした。ああ、やっぱり私よりも力の強い者はいないのだな、とお力様が思ったとき一人の女が現れました。

「アタシとウデズモショーブしてくれりゃ」

 女がたどたどしく言いました。お力様は女を見て呆れました。細い体に棒切れのようですぐに折れてしまいそうな腕、どう見ても力が強そうには思えません。

「ご冗談でしょう。あなたのその細腕では私がほんの少し力を入れただけでも折れてしまうかもしれない。おなごに痛い思いはさせたくありません」

 お力様は女との腕相撲勝負を断ろうとしました。しかし、女は「アタシとウデズモショーブしてくれりゃ」と先ほどと同じ言葉を繰り返すだけで、引き下がりそうにありません。

「そんなに言うなら仕方ない。勝負しましょう」

「ウデズモショーブ、アタシがかつ」

 お力様と女はお互いに右腕の肘をついて手を組み合わせるとぎゅっと握りしめました。女の手は指の先の爪が尖ったように伸びていましたが白くてたおやかな手でした。

 よーい、はじめ。勝負は一瞬でつきました。なんとお力様が負けてしまったのです。誰も予想していなかった結果でしょう。お力様は目を見開いて驚いています。村の人々も何が起こったのかわからないといった顔をしていました。だけど、腕相撲に勝った女だけは当たり前だというようにニヤッと笑いました。ちらりと見えた彼女の歯は尖っていました。

「ゴチソー、たべさせろ。ゴチソーだ!」

 お力様は用意していた優勝者のための食事を女にふるまいました。バリバリムシャムシャ、と女は勢いよく食べ物を口に入れていきます。いい食べっぷりです。女が食事を食べ終わるのを待ってから、お力様は言いました。

「私を初めて負かす相手がまさかおなごになるとは思いもしておりませんでした。しかし、私は今日この日のことを神の導きのように思ってもいるのです。強い人よ、どうか私のところに嫁いできてはくれないか」

「アタシよりよわいオトコ、キョーミない」

 女はお力様の真剣な告白をあっさりと振りました。けれど、すぐに引き下がるお力様ではありません。

「では、次の年にも怪力祭を開きます。私に求愛の機会をくれるのなら、また腕相撲勝負をしにきてください。次は絶対に私が勝ちます。あなたより強いと証明してみせます」

 そうは言ったものの次の年に開かれた怪力祭でもお力様が負け、次の次の年もお力様が負けてしまい、今や怪力祭は毎年の恒例行事となっていました。何年経っても何十年経っても、怪力祭は続いていました。

「こりぬの、ヒトの子」

 今年も怪力祭にあの細い腕をした女がやってきました。その見目は最初に怪力祭に姿を現したときとほとんど同じです。老いず、衰えず、若いままの姿形を保っています。

「今年こそあなたを負かします」

 打って変わってお力様のほうは顔にしわが刻まれ、髪も白髪になっています。体も若い頃よりも一回り小さくなったように見えます。

 腕相撲勝負をするために二人は手を組み合わせました。じっとお互いの顔を見つめます。

「アタシ、ヒトじゃない」

「そんなことはわかっています。だけど、私はあなたがいい」

 よーい、はじめ。お力様は腕に力を入れますが女のほうはビクともしません。女は押されるのを堪えるのみで攻めに転じてこないため、二人は手を握りあったままどちらの側に腕が傾くこともなく勝負の時間が続きました。

「……鬼でもいいか?」

 女がつぶやきました。

「力の強い鬼嫁なんて私の理想とするところです!」

 お力様が叫んだそのとき、腕相撲の勝負がつきました。お力様の腕がぱったりと倒されています。また今年も女に負けてしまったのです

 お力様はとても残念そうに笑いました。ふっと力が抜けるようにゆっくりと目を閉じたかと思うとお力様が倒れました。力を使い果たしてしまったようです。

 女は気絶したお力様をひょいっと持ち上げると、肩に担ぎました。

「今年のゴチソーはいらぬ。かわりにこのオトコを婿としてもらっていく!」

 村の人は誰も女をとめませんでした。お力様が怪力の女を好いていたことを皆知っていたからです。

 それから村では怪力祭が伝統として続いていき、初代お力様は鬼女に見初められた強い男として語り継がれていったのでした。

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お力様と鬼女 棚霧書生 @katagiri_8

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