踏ん張れ、オレの筋肉

沢田和早

踏ん張れ、オレの筋肉

 まだか、まだ動き出さないのか。電車が止まってかれこれ二時間だぞ。動く見込みがないのならドアを開けて乗客を解放しろよ。何を考えているんだ、この鉄道会社は。


「いい加減にしてくれ」


 愚痴ったところでどうにもならないことはわかっている。だが愚痴らずにはいられない。

 腹が痛いのだ。脱糞したくて仕方ないのだ。しかもそれがどんどんひどくなっていく。

 朝の牛乳が悪かったのか、それとも昼の刺身定食のせいか。いや、今となっては原因などどうだっていい。重要なのはオレの肛門括約筋がいつまで踏ん張れるかだ。


 肛門の筋肉は二重構造だ。内側の筋肉は内臓と同じ平滑筋で自律神経が支配している。オレの意思ではどうにもならない。しかし外側の筋肉は横紋筋だ。手や足の骨格筋と同じくオレの意思を百%反映させることができる。

 現在、内側の筋肉は完全にユルユルになっている。外側の筋肉だけで耐えるしかない。


 ――ぐるるっ!


 下腹が鳴っている。直腸の圧力が増大していくのがわかる。ウンコだけでなくガスも溜まっているのだろう。

 屁をすれば少しは楽になるかもしれないが、この状態で肛門括約筋を弛緩させればガスと一緒にウンコも噴出するのは必定ひつじょう。ダメだ。我慢だ。踏ん張れオレの肛門括約筋!


「あうっ!」


 突然、脳天を突き抜けるほど猛烈な便意がオレを襲った。さらには肛門括約筋が痙攣を始めた。あまりにも長く緊張させ続けたためだろう。限界はすぐそこまで来ているようだ。


「ダメ、なのか。オレの肛門括約筋よ」


 返事がない。そうか、おまえも力を使い果たしたのか。わかった。ならば一刻も早くこの苦行を終わらせて楽になろうではないか。


「オレたち頑張ったよな」


 今までありがとう、肛門括約筋。もう力を抜いていいんだ。厭離穢土欣求浄土。さあ、こんな修羅場とはおさらばして二人だけの極楽へ旅立とう。


「あーー!」


 そして車内は阿鼻叫喚の地獄と化した。


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