べとべと
ナツメ
べとべと
よく、夜に一人で散歩に出る。今はこの辺りにも街灯があるのだから、そう怖くもない。
カラ、カラとひそやかな下駄の音をさせて月子は歩く。今宵の月はごく細く、ぬいぐるみに
そうして歩いていると、背後から、ひた、ひたと、
カラ、カラ。
ひた、ひた。
月子の歩く一拍あとに、誰かの足音が重なる。
――こんばんは。
と、振り返らずに月子は声を掛ける。
――
カラ、カラ。
――あんなふうに真っ正面から来られちゃったら、あたしだって頭に血が昇っちゃう。そうして後ろを歩いてるくらいが丁度好いのよ。
ひた、ひた。
――それに、あたしのことなんてスッカリ忘れちゃったような顔してさ。あんたは自分の世界に夢中。昔っからそう。
カラ、カラ。
――あたしを置いて死んじゃったくせに、本当に自分勝手ね。
ひた、ひた。
――でも、もっと可哀想なのは姉さんだわ。あんたが居なくなって、あたしまで死んじゃうんじゃないかって。自分のことを全部放っぽって、あたしの面倒を見てくれた。
カラ、カラ。
――知ってるでしょ、姉さん、結婚するはずだった。
ひた、ひた。
――あの人、
カラ、カラ。
――本当はこうやって夜出歩くのだっていい顔しないんだ。だからこっそり抜け出してきているのよ。
ひた、ひた。
――それに気付かない振りをしてくれているの。優しくて、可愛い
カラ、カラ。
――じゃじゃ馬だったあたしと違って、姉さんはずっと大人しくて、じいさんに
ひた、ひた。
――その姉さんがあたしを守ってくれた。だからあたしもあの
カラ、カラ。
――あんたはそうやって、いつまでも未練がましくあたしの跡を追っていればいいわ。追ってくるあんたを振り返らないことで、あたしは今のあたしで居られるんだ。
ひた、ひた。
穏やかに微笑んだまま、月子はそう語りかける。
月子は本当は知っている。ひたひたと追ってくる足音が、死んだ自分の想い人でないことくらい。
そんなことはどうでも良かった。只、カラカラ、ひたひたと二つの足音が重なって、月夜の闇に溶けてゆく。
べとべと ナツメ @frogfrogfrosch
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