The city that never sleeps

大隅 スミヲ

The city that never sleeps

 眠らない街、東京新宿歌舞伎町。

 この街では終電が無くなった深夜であっても、人の姿が消えることは無い。

 酒に酔った老若男女。キャッチと呼ばれる客引き。いかがわしい商売のスカウトマン。家出中の少年少女。この街の灯りには、心の寂しさを紛らわせたいという人々が集まってくる。


 深夜1時。ラブホテル街をゆっくりと歩く男女のカップルの姿があった。

 そのカップルは、男性の方は180センチ以上、女性の方も170センチはある高身長カップルであり、服装は男性の方はスーツ姿、女性の方もスーツではないがラフすぎない格好であった。

 ふたりは手を繋いで、ホテルを見ながら歩いている。その姿は、これから入るホテルを吟味しているカップルのようにしか見えなかった。

 しかし、ふたりはホテルをちらりと覗いては、首を横に振って、また歩き出すということを繰り返しており、なんだか様子が変だった。


 ここ数日、歌舞伎町周辺ではラブホテル強盗が相次いでいた。

 犯人は男女ふたり組であり、犯行手口はホテルに入ってきたカップルを襲撃して金品を巻き上げるというものだった。

 この犯行は複数のラブホテルの防犯カメラに証拠が残されていたが、犯人たちの足取りは掴めてはいなかった。さらに、犯行場所がラブホテルということもあって、被害届を出さないケースも相次いだ。特に不倫カップルなどは大事おおごとにしたくないのだ。これは、その辺も計算に入れた強盗事件であった。



 その日は、強盗事件が発生したという通報もなく、終わろうとしていた。


「きょうの深夜の散歩パトロールも、つぎのホテルで終わりだな」

 手を繋いでホテル街を歩いているカップルの男の方が言った。

 先ほどの高身長カップルである。


「そうですね。それにしても、この時間はどこのホテルも満室って凄いですね」

 そう女の方が言いながら、最後のホテルの自動ドアを潜った。


 スモークガラスとなっているフロントで、小さな窓口の向こう側にいる従業員に男の方が身分証を見せる。

「新宿中央署刑事課です。捜査にご協力、お願いします」

「ああ、例の強盗事件ね。うちでは起きていませんよ」

 スモークガラスの向こう側から中年女性の声がする。

「そうですか。ありがとうございます。少し、ホテル内を見てもよろしいですか。一周したら戻ってきますので」

「ええ、どうぞ」

 従業員の許可を取ったふたりは、エレベーターに乗り込んだ。


 強盗事件はホテルの廊下で発生していた。

 フロントを通り、部屋に行く途中で襲われるのだ。

 ホテルによっては、客同士の鉢合わせを避けるために、前に入った客が部屋に入ったことを確認してから、次の客を部屋へと案内している。

 おそらく、犯人たちはホテルの部屋に入った振りをして、どこかで待ち伏せているのだろう。


 廊下の角を曲がったところで、中年の男性が倒れているのが目に入った。

 その隣には女性が立っていて、オロオロとしている。

「大丈夫ですか」

 男の刑事が慌てて駆け寄る。

 倒れている中年男性は、頭から血を流して気絶していた。

 その時、ドアの開く音が聞こえた。

 その方向へ目を向けると、廊下の端にある非常階段へと繋がる扉が開いており人影が出ていくのが見えた。

「高橋、追えっ」

 そう言われた女は、廊下を走った。

 男の方はスマートフォンを取り出して、どこかへと連絡をしている。

「富永です。歌舞伎町のホテル✗✗で強盗事件発生。被害者男性は、気を失い頭部より出血。逃走中の被疑者は高橋が追っています」


 高橋佐智子は、走りには自信があった。

 警察学校時代に短距離走で元陸上部だという同期生と互角の勝負を繰り広げたこともあったし、休みの日は体力づくりのために長距離ランニングなども自主的に行っている。

 階段を駆け下りる男女に佐智子は追いつくと、女の方の膝裏を蹴りつけて、その場に転がした。

 男の方は女を見捨てて、さらに逃げようとする。

「新宿中央署だ。大人しくしろ」

 佐智子はそう叫んだが、男は階段を走り下りていった。

 階段の踊り場で倒れた女に手錠を掛けた佐智子は、その片方を鉄の柵に取り付けると相棒である富永に連絡をしながら、再び走り出した。

「富永さん、高橋です。女の方は確保しました。非常階段の3階の踊り場にいます。手錠をかけてあります。わたしは男の方を追いかけますので、よろしくお願いします」

 走りながらであったため、声は途切れ途切れになったが、それでも多分、富永には伝わっただろう。そう思いながら、佐智子は階段を駆け下りた。

 男の背中が見えたのは、一階についたときだった。

 非常階段から降りた先、そこはホテルの裏にある細い路地であり、そこは袋小路になっていた。

 男はその袋小路となっている場所の塀を乗り越えて逃げようとしている。

 佐智子は男の背中に飛びかかるようにして、男の腰のあたりを掴むと、塀から男を引き離そうとした。

 男の体は意外と軽かった。そのため、まるでプロレスのバックドロップのように佐智子は男のことを後方へと投げ飛ばしてしまった。

 佐智子に投げられた男は軽業師のように一回転をして足からキレイに着地すると、そのまま佐智子に背を向けて逃げようとしたが、そこには手錠をつけた女と一緒に非常階段を降りてきた富永の姿があった。

「無駄な抵抗はやめさない」

 まるで諭すかのように佐智子は男にいうと、男は観念して両手を挙げて降参した。


 新宿中央署からやってきたパトカー2台の後部座席にひとりずつ別々に乗せると、佐智子と富永は再びホテル街を歩きはじめた。


 新宿中央署の刑事という立場にあるふたりにとっては、こんなことは日常茶飯事であり、これはに過ぎないのだった。



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本作品に登場した「高橋佐智子」は、現在連載中の長編小説『たとえ君が微笑んだとしても』(https://kakuyomu.jp/works/16817330653833670488)の主人公でもあります。

もし、本作品を気に入っていただけましたら『たとえ君が微笑んだとしても』もご一読いただけると嬉しいです。

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