緑色の霧の中で

大田康湖

緑色の霧の中で

 1969年早春。

 真夜中の陽光原ようこうばら市の空には、冬の星座がきらめいている。その星座を切り裂くように、一筋の緑色の光が流れた。


 同時刻、陽光原市を流れるながれ川の土手で、学生服に眼鏡姿の青年が星空を見上げている。辺りには街灯の明かりが点るだけで川面は真っ暗だ。

(姉さんの子ども、無事生まれたよ。かわいい女の子だ。親父、空から見てるかい)

 そう青年が心でつぶやいた時、緑色の光が視界に飛び込んだ。まぶしさに思わず足がもつれ、土手を滑り落ちる。そのまま青年は気を失った。


 気がつくと、青年は尻餅をついたまま、ほの明るい緑色の霧の中にいた。

(あれ、真夜中なのにどうしてこんなに明るいんだ)

 辺りを見回そうとした青年の前に、カーテンのような仕切りが現れた。その向こうに、灰色の作業服に黒縁の眼鏡をかけた中年男性が立っている。

「親父!」

 青年は勢いよく立ち上がると男性に駆け寄ろうとした。それを遮るように中年男性が話し出す。

京極きょうごく伸男のぶお、失礼ながら君の記憶を調べさせてもらった。この姿は仮の物だ。君が会いたいと思っていた父親、京極きょうごくたかしの姿を借りている」

 伸男の笑顔が曇る。

「親父は一昨年おととし亡くなった。確かに会いたいと思ってたけど、こんな形でじゃない。大体あんたは誰なんだ」

 拳を握りしめる伸男をなだめるように、隆の姿を借りた声は話し続けた。

「私はノチィヒ星からこの惑星『ケセル』の調査に来た。君たち流に言えば異星人だ。君の家族を思う温かい気持ち、ありがたく受け取った。お礼というわけではないがこれを渡そう」

 ノチィヒ星人は仕切りを開き、伸男に歩み寄ると左の手のひらを広げた。ビー玉大の緑色の石が載っている。

「君にまた会う用事が出来たら、この石が光るはずだ」

 伸男は石と父親の姿をしたノチィヒ星人を交互に見ると、ゆっくりと切り出した。

「この石をもらう代わりに、もう一度だけ親父に触らせてくれないか」

 ノチィヒ星人は伸男を見つめると、口を開いた。

「伸男、こちらへ来るんだ」

 伸男は右手で石を受け取ると、自分と同じくらいの背の高さの父親を抱きしめた。

(親父、僕も早く一人前になって、母さんや姉さんのように素敵な人を見つけるから)


 抱きしめた隆の感触が薄らいでいく。気がつくと緑色の霧は消え、伸男は流川の河川敷に立っていた。暗闇が辺りを取り巻いている。

(夢じゃない)

 伸男の右手には堅い物が握られている。その感触を確かめながら、伸男は星空を見上げた。

(でもやっぱり、あれは親父じゃない。もう一度会えると思った僕が馬鹿だったよ)

 伸男は右手を振り上げると、握りしめた石を流川の水面に投げ込んだ。ポチャンと微かに音が響く。

(さよなら親父、いや、異星人さん)

 伸男はきびすを返すと、土手に向かって歩き出した。


【完】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

緑色の霧の中で 大田康湖 @ootayasuko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ