悪魔の夜更かし
柏木 維音
深夜散歩
今、私は何処を走っているんだろう。
慣れ親しんだ道の筈なのに、真っ暗な景色と恐怖心のせいでここが何処なのか全くわからないでいる。
認識できる事は、後ろから追ってくる「グフッ、グフッ」という獣の様な呻き声と、私の手を引いているラミアちゃんの手の感触だけだった。
※※※
田中
そんなラミアちゃんと久々に再会したのが中学三年に進級した時の事だったのだが、彼女の変貌ぶりに私は驚いた。どちらかと言えば地味な子だった筈なのに、明るい赤茶色に髪を染め、化粧やネイルを施している彼女は全くの別人だった。
そんな別人と化した彼女が、今までとはがらりと変わってグイグイと私に近づいてくるようになった。戸惑いはしたものの、ラミアちゃんの事が嫌いと言うわけでは無いので私はそれを受け入れ、彼女と頻繁に遊ぶようになった。
そんなある日。ラミアちゃんからあるお誘いがあった。
「え? 深夜散歩?」
「そう。ほら、この動画投稿サイトにアップされてる動画なんだけどさ」
「ああ、結構あるよねそういうの。面白そうだけど……危なくない?」
「大丈夫! 心霊スポット巡りとかじゃなくて、近所の公園でお菓子を食べながら雑談配信をする程度にしようと思ってるの。ねえ、やろうよ」
近所とはいえ夜遅くに中学生二人が出歩く事は危険な事だと思った。しかし、『深夜の公園でお菓子を食べつつ雑談配信』という『非日常感』はとても魅力的に感じる。なので私は結局、その日の夜ラミアちゃんと深夜散歩をやることにした。
午後十一時半。
こっそり家を抜け出した私達は、昼間に買っておいたお菓子や飲み物が入ったビニール袋を片手に目的の公園へと向かう。目的地にたどり着いた時、私たちは公園のベンチの上で上下に動いている謎の影を見つけた。
「なんだろう……酔っ払い?」
「…………あ! ラミアちゃんダメ!」
その影が手にしていた物がギラリと光った瞬間、あれが何なのか判明する。
男が、ベンチの上に寝かせたぬいぐるみへ一心不乱にナイフを突き刺していたのだった。
ラミアちゃんを止めるために思わず出してしまった大声に男が反応する。
「ヒッ……」
「ユリ! 走って!」
私達は手にしていたビニール袋を投げ捨て走り出した。当然、男も追いかけて来る。私達はどこへ向かえばいいのかわからないまま、とにかく男から離れる為に懸命に走り続ける。
「グフッ、グフッ」という人間の物とは思えない呻き声が、いつまでも背後で鳴り響いていた。
※※※
一体どれだけ走り続けたのだろう。
気が付くと、私たちは小さな廃工場の一室にある事務机の下に身を潜めていた。
ふと、こんな建物近所にあっただろうかと思ったのだが、それはすぐに恐怖心で消えてしまった。
「……どうしようか」
「家か警察に電話しよう。たぶんすっごい怒られるけど、殺されるよりマシだよ」
「そうしたいんだけど、走ってる途中でスマホ落としちゃったの……ユリのは?」
「持ってきてない……家に置いてきちゃった」
「そう…………あっ、静かに!」
足音が聞こえて来た。
その足音はまっすぐこちらへと近づいてくる。
心臓が張り裂けそうなくらい激しく鼓動する。
次の瞬間、「おい」という女の子の声が聞こえたので、私達は恐る恐る机の下から顔を覗かせる。そこには、派手なピンク色のジャージを着た人物が立っていた。
「…………
「小腹が空いたから何か食べようと思って出歩いてたらお前らの姿を見かけてな。何やってんだ? こんな時間に」
レヴィ亜紗野。
同じクラスの女の子で、綺麗な白髪のソバージュボブと健康的な日焼け、中学生とは思えないグラマラスな体型でとてつもない人気を誇っている。いつもチュッパチャップスのコーラ味を口に咥え、真っ黒なカバーが掛かった文庫本くらいの大きさの本を手にしている。つまるところ、ちょっと変わった子だった。
私達の話を聞いた亜紗野さんは、特に怖がる様子もなく「わかった」と言い放つ。
「アタシが辺りを確認してくるから、とりあえずお前らはそこで大人しくしてろ」
「ま、まって! 私たちも連れてってよ!」
「三人で行動してたらすぐに見つかっちまうだろう。移動するのは安全を確認してからだ」
「それだと亜紗野さんが一番危険な目に……」
「アタシは大丈夫」
そう言って亜紗野さんは行ってしまった。「大丈夫」の部分の説明が特に無かったのだけど、何故だかとても心強かった。
「よかった……何とかなりそうだね、ラミアちゃん」
「──ねえユリ、一つ聞いてもいい?」
「何?」
「あなた、白森君と付き合っているの?」
「……え? 何、急に……」
「あなた、白森君と付き合っているの?」
緊張をほぐす為の雑談なのだろうか?
それにしては、なんだか様子がおかしかった。
「ラミアちゃん、静かにしていないと……」
「あなた、白森君と付き合っているの?」
「…………付き合ってないよ」
「何で白森君と仲がいいの?」
「それは……イツキく、白森君は家が隣で昔から付き合いがあるから……」
「あなた、白森君と付き合っているの?」
「付き合ってないよ」
「白森君とは遊ぶの?」
「昔はよく遊んだけれど、今は遊ばないよ」
「白森君とお泊りしたの?」
「してないよ」
「あなた、白森君と付き合っているの?」
「付き合ってないよ」
「白森君とお泊りしたの?」
「してないよ」
「嘘」
「白森君とお泊りしたの?」
「……昔、したことあるよ。家族ぐるみで、温泉宿に……」
その言葉を聞いた途端、ラミアちゃんはにまぁと不気味な笑みを浮かべ、机の下から飛び出して大声をあげた。
「やっぱり嘘だ! やっぱり嘘だ! やっぱり嘘だ! やっぱり嘘だ! 嘘つき! 嘘つき! 嘘つき! 嘘つき!」
シンバルを打ち鳴らすサルの人形のように、両手を叩きつけながらラミアちゃんは大声をあげ続ける。その姿は、公園で見た男よりも恐ろしく感じた。そんな彼女の背後に、ナイフを持ったその男が立っていた。
※※※
両手を叩きつけゲラゲラと笑っているラミアちゃんには全く興味を示さず、男は私を見続けていた。その男は一見すると『普通』の男の人なのだが、不気味な黒い目と手に持ったナイフが異様さを醸し出している。
二人の異常者に、私はじりじりと部屋の隅へと追いやられる。
そんな時、「おい」という女の子の声が聞こえた。
男は振り向いた瞬間、亜紗野さんのハイキックが顔面に直撃しふっ飛ばさた。その後、男はピクリとも動かなくなる。
それを見たラミアちゃんが獣の様に襲い掛かったのだが、亜紗野さんは手に持っていた黒い本で勢いよく彼女の頭を叩いた。「スパァン!」とハリセンで叩かれた時の様な派手な音がしたかと思うと、ラミアちゃんは床に倒れ込む。
「よし、終わったな」
「え、あの……」
「後始末はアタシがやるからさ、鹿島は帰れよ。もう帰り道はわかるだろ?」
気が付くと、私たちは公園にいた。
「何で、いつの間に……何が起きたの?」
「まあ、簡単に説明するとだな。
嫉妬……私とイツキ君の仲に対して?
「で、そんなドロドロした物を抱え込んでいたら当然悪いモノに目を付けられる。つっても、アタシの事を知らない雑魚悪魔だったけどな。悪魔に憑かれた田中はお前に何かしてやろうと近づきチャンスを伺っていた。そんな時偶然にもこの通り魔の『狂気』にあてられて力が暴走し、幻覚の中に閉じ込めてお前を苦しめ、殺そうとした……ってところかな」
「な、なにそれ……いきなりそんな事言われても……」
「いいんだよ、理解しなくて。どうせ忘れるんだから。ほら、帰った帰った」
亜紗野さんにコツンと額を小突かれた私は、何か言おうとしたのだが言葉が出てこず、渋々と家路についた。
※※※
あれから家に戻った私はすぐにベットに倒れ込む。そして、さっきの出来事に関して考えを巡らせていく。さっきの出来事というか、主に亜紗野さんに関してだ。
(アタシ好みのドロドロとした良い嫉妬心だったな)
(アタシの事を知らない雑魚悪魔だったけどな)
「嫉妬……悪魔……そう言えば、昔友達とファンタジー小説を書こうとしてネタを漁っていた時に見かけた気がする」
私はスマホで「嫉妬 悪魔」と検索してみた。
「あった! えっと……レヴィアタン、もしくはリヴァイアサン。巨大な海蛇の様な姿で聖獣と伝えられている一方で悪魔としても言い伝えられており、キリスト教の七つの大罪では嫉妬の悪魔とされている……か」
亜紗野さん。
レヴィ亜紗野。
レヴィアサノ。
レヴィアサン。
リヴァイアサン。
まさかね。
朝。
目が覚めると私は昨夜の事を思い出すことが出来なかった。
誰かと危険な目に遭って、誰かに助けられたような気がする。
私は何度もその子の姿や名前を思い出そうとしたけれど、結局思い出すことが出来なかった。
諦めて学校の準備をしていると、机の上に置いてあったある物に気が付いた。
それは、コーラ味のチュッパチャップスだった。
悪魔の夜更かし 柏木 維音 @asbc0126
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