徘徊者は引かれ合う
御角
徘徊者は引かれ合う
ふと真夜中に目が覚めて、私はゆっくりと体を起こした。
ストレスで不眠だった頃と比べれば、最近はようやく眠れるようになってきたのに。既にはっきりと輪郭を持ってしまった意識を引きずるようにして、私はのろのろと立ち上がりコートを羽織る。
やはり、ストレスがよくないのだろう。それさえなければ、またいつものように熟睡できるはず。そうに違いない。
私は自分の中に溜まった鬱憤をどうにか晴らしたくて、深夜の徘徊へと
ひんやりとした外の空気が、寝起きの火照った素肌には心地よい。
……散歩はいい。ただ無心で足を動かし続け、コンビニを数軒回って、一息ついてまた歩き出す。ひたすら前に進むだけで、心まで軽くなっていくような錯覚を覚える。
「おや、ケンジ。ケンジじゃないかい?」
「ヒッ!」
暗闇の中から突如現れた手に服をがっしりと掴まれ、私は
「どこにいってたんだい、探したよ」
淡々と、しかし穏やかな声で私に話しかけ続けるのは、見るからに足腰の悪そうな老婆であった。ちなみに私の名前はケンジではない。
「ひ、人違いじゃないですか……?」
「何言ってるんだい。アタシを探しに来たのはわかってるんだよ。さあ、さっさと家へ連れて行っておくれ」
一見ヨボヨボのくせに、なぜか握力だけが無駄に強く、引き剥がそうにも全く指が動かない。こいつ、若い頃はリンゴでも握り潰していたのか?
「わかった、わかりましたよ。連れていきゃあいいんでしょ! 連れていきゃあ」
「じゃあ、ほれ」
嫌々ながら首を縦に降ると、老婆は突然、私の上着を思いっきり下に引っ張った。不意をつかれ、バランスを崩して思わずしゃがみ込む。
「……おんぶじゃよ、おんぶ。いつもしてくれるじゃないか」
気がついた時には首をがっしりとロックされ、逃げようにも逃げられない。これでは、さながらリードに繋がれた犬畜生だ。承諾するふりをして全力ダッシュで振り切るという完璧な計画が、一瞬で崩れ落ちていく。
私は背中に迷子の老婆を乗せて、誰もいない夜道をフラフラと
「はい、つきましたけど」
「……どこじゃ、ここ」
「交番です」
迷子にはすべからく警察。大方、そう相場が決まっている。実際、私達を一目見て、そのお巡りは「あっ!」と声を上げた。
「ヨシエさん! ご家族の方がお探しでしたよ!」
「うん? おお、そうかい。ありがとうね」
こいつ、さっきまで私を息子扱いしていたくせに。なんて都合のいい頭をしてやがるんだ。
「そ、それでは、私はこれで……」
これ以上ここにいてはまずい。バレる前に、さっさと帰宅しなければ。
「ちょっと待ってください、今連絡したら、ご家族の方がお礼を申し上げたいと……」
「いやいや、いいです! そういうの全然いいですから! 気にしないでください、失礼します……!」
慌てて走り去ろうとする私のコートを、再び老婆がしかと掴む。その瞬間、パチンと胸元で何かが弾けて、私を覆っていたものが全て取り払われてしまった。
「——なあんじゃ、てっきり露出狂だと思ったんじゃがなぁ」
色とりどりの箱や袋が、スローモーションのように宙を舞う。地面に散らばる、未精算の商品の数々。それらが奏でる音を聞きながら、私は静かに人生の終わりを悟った。
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