徘徊者は引かれ合う

御角

徘徊者は引かれ合う

 ふと真夜中に目が覚めて、私はゆっくりと体を起こした。

 ストレスで不眠だった頃と比べれば、最近はようやく眠れるようになってきたのに。既にはっきりと輪郭を持ってしまった意識を引きずるようにして、私はのろのろと立ち上がりコートを羽織る。

 やはり、ストレスがよくないのだろう。それさえなければ、またいつものように熟睡できるはず。そうに違いない。

 私は自分の中に溜まった鬱憤をどうにか晴らしたくて、深夜の徘徊へと洒落しゃれ込んだ。

 ひんやりとした外の空気が、寝起きの火照った素肌には心地よい。

 ……散歩はいい。ただ無心で足を動かし続け、コンビニを数軒回って、一息ついてまた歩き出す。ひたすら前に進むだけで、心まで軽くなっていくような錯覚を覚える。

「おや、ケンジ。ケンジじゃないかい?」

「ヒッ!」

 暗闇の中から突如現れた手に服をがっしりと掴まれ、私はよわい三十にして情けない悲鳴を漏らしてしまった。

「どこにいってたんだい、探したよ」

 淡々と、しかし穏やかな声で私に話しかけ続けるのは、見るからに足腰の悪そうな老婆であった。ちなみに私の名前はケンジではない。

「ひ、人違いじゃないですか……?」

「何言ってるんだい。アタシを探しに来たのはわかってるんだよ。さあ、さっさと家へ連れて行っておくれ」

 一見ヨボヨボのくせに、なぜか握力だけが無駄に強く、引き剥がそうにも全く指が動かない。こいつ、若い頃はリンゴでも握り潰していたのか?

「わかった、わかりましたよ。連れていきゃあいいんでしょ! 連れていきゃあ」

「じゃあ、ほれ」

 嫌々ながら首を縦に降ると、老婆は突然、私の上着を思いっきり下に引っ張った。不意をつかれ、バランスを崩して思わずしゃがみ込む。

「……おんぶじゃよ、おんぶ。いつもしてくれるじゃないか」

 気がついた時には首をがっしりとロックされ、逃げようにも逃げられない。これでは、さながらリードに繋がれた犬畜生だ。承諾するふりをして全力ダッシュで振り切るという完璧な計画が、一瞬で崩れ落ちていく。

 私は背中に迷子の老婆を乗せて、誰もいない夜道をフラフラと彷徨さまよう羽目になった。


「はい、つきましたけど」

「……どこじゃ、ここ」

「交番です」

 迷子にはすべからく警察。大方、そう相場が決まっている。実際、私達を一目見て、そのお巡りは「あっ!」と声を上げた。

「ヨシエさん! ご家族の方がお探しでしたよ!」

「うん? おお、そうかい。ありがとうね」

 こいつ、さっきまで私を息子扱いしていたくせに。なんて都合のいい頭をしてやがるんだ。

「そ、それでは、私はこれで……」

 これ以上ここにいてはまずい。バレる前に、さっさと帰宅しなければ。

「ちょっと待ってください、今連絡したら、ご家族の方がお礼を申し上げたいと……」

「いやいや、いいです! そういうの全然いいですから! 気にしないでください、失礼します……!」

 慌てて走り去ろうとする私のコートを、再び老婆がしかと掴む。その瞬間、パチンと胸元で何かが弾けて、私を覆っていたものが全て取り払われてしまった。


「——なあんじゃ、てっきり露出狂だと思ったんじゃがなぁ」

 色とりどりの箱や袋が、スローモーションのように宙を舞う。地面に散らばる、未精算の商品の数々。それらが奏でる音を聞きながら、私は静かに人生の終わりを悟った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

徘徊者は引かれ合う 御角 @3kad0

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ