なんでもない夜のお買い物

於田縫紀

なんでもない夜

 倒凶都TOKYOの外れ多魔地方TAMAは今日も末法MAPPOの風が吹き荒れる。


 キュエー、キュエー

 東に鳴くのはぬえ混ざり物キュマイラか。


『ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるふ るるいえ うがふあぐぅ ふたぐん』

 西から聞こえるのは邪神クトゥルー信徒の祈り。


 この辺り、暗い時間は御札を貼った上で退魔香を焚きっぱなしにしておかないと危険で仕方ない。


 そう言えばついこの、退魔香と間違えて反魂香を焚いてしまったせいで、死に損ないZOMBIEを大量発生させてしまったなあと思い出す。


 倒すだけなら金剛杖で殴って殴って殴りまくればいい。

 でもその後ぐちゃぐちゃの死骸や飛び散った衛生上問題がありそうな腐乱破片を掃除するのが大変だった。

 念入りに塩素消毒して更に聖水をぶっかけまくり、四方に盛り塩をして浄化するまで、およそ半日。


 でもまあ死に損ないZOMBIEや悪霊くらいならその程度で片付けられる。

 しかし邪神クラスともなると根絶は困難。

 旧神の印エルダーサインなんて高価なアイテム、毎回使う訳にもいかない。


 だから庭や家に蔓延る前にまず予防、御札と聖水に退魔香。

 アイテムはくれぐれも間違えないように。

 いざという時の為に経典や呪文。

 何事も日頃の心がけが重要だ。


 さて、そんな多魔地方TAMAだから夜2時近く、通称丑三つ時になんて間違っても外に出てはいけない。

 百鬼夜行が鎌倉街道を大勢で練り歩いていたり。

 首無しライダーが夜のツーリングをしていたり。

 邪教かぶれの輩が中央公園で怪しい像を中心にいあいあ祈っていたり。


 気を抜いて歩いているとそこらを徘徊しているマジムンに魂を抜かれ行方不明になるのがオチだ。


 それでも行かねばならない夜もある。

 例えば今の俺がそう。

 ストックしていたカップラーメンが切れてしまった。

 腹が減って死にそうだ。


 近くのコンビニまでおよそ200m。

 歩けばおよそ3分少々。

 フル武装して、財布とエコバッグも忘れずに家を出る。


 玄関を開け門までは問題無い。

 これでも一応俺特製の結界が張ってある。

 金峯山修験本宗金峯山寺門下裏高野衆監修の通信講座で学んだのだ。

 これくらい出来なければ多魔地方TAMAで生きる事は出来ない。

 

 玄関を出た途端、正面から何か走ってきた。

 よくいる魔物マジムンだ。

 いちいちこんなのに手間をかけてられない。

 ポケットからアイテムを出して奴の進路正面に投げてやる。


「んぎゃあっ!」


 奴はアイテムにぶち当たって砕け散った。

 ちなみに投げたのはポータブル石敢當。

 実態は小石にマジックで『石敢當』と書いただけの代物だ。

 それでも使い方を間違えなければこの程度の効果はある。


 時々出てくる魔物マジムンだの物の怪だのにポータブル石敢當や独鈷杵で対処しながら夜の道を進む。


 気を抜けないが昼間と違って賑やかなのは悪くない。

 何せこの付近、遙か昔に建造された限界げんかい新市街ニュータウン

 既に住民の半数以上は老衰かそれ以外で死に絶え、残り半数は病院に居を移して生きながらえている状態。


 だから昼間は誰もいない寂れた辺境なのだ。

 それでも住んでいるのは金が無くて都会に住めないから。


 何せ働いても税金や年金、保険その他で7割が消えるこの時代。

 住む場所に金をかけられるのは年金をがっぽり貰える老人だけだ。 


 そんな辺境の多魔地方TAMAにもコンビニはある。

 最大手の天国の11人ヘブン・イレブン

 何気にスイーツが美味しい老尊LAWSON

 貴方と魂美尼コンビニ家族ファミリー魔蹟マート


 本当は聖高セイコー真阿人マートが欲しいところだけれどこの辺にはない。

 なので一番近い老尊LAWSONが今日の目的地だ。


 青と白の浄化結界内に無事到着。

 カップラーメン、弁当、ついでにサンドイッチを購入。

 三点で二千円近くという法外な値段におもわず手が震える。

 最近の物価上昇、まさに末法MAPPOだ。


 今の二千円、痛かったなと思いつつ帰途に就く。

 帰り道も似たような感じで賑やかだ。

 いや、食べ物の匂いに釣られて出てきた獣魔が行きよりちょい多いか。

 管狐、むじな、片耳豚、以津真天、鵺……

 

 しかしこの程度の小物、俺の敵ではない。

 殴って祓ってのんびりと歩いていたところだった。


「丑寅の方よりまうづ……」


 おっと、大物が出てきてしまった。

 大物というか大勢というか。


 あの台詞は皆様お馴染み百鬼夜行の前触れ。

 いつもは鎌倉古道とかよこやまの道を行進しているのだけれど、こんな場所まで降りてきたようだ。


 一応対策はしてあるが、本気で戦うとなると大事になる。

 腹が減っているし出来れば手間をかけたくない。

 早く家に帰って夜食を食べたいのだ。


那謨薄ノウモーバ伽跋帝キャパティ啼隷路迦タレイローキャ……」


 百鬼夜行に一番効くのはやはり仏頂尊勝陀羅尼。

 多魔地方TAMAでは常識だ。

 ただこの呪文、長いし難しいしでとても覚えられるものじゃない。

 だから音声ファイルをスマホから最大音量で流す。


 今や大抵の呪文や経典、聖句はフリー素材としてダウンロード可能。

 何せ末法MAPPOの世、このくらいは常識だ。


「あな恨めしは……」


 声と存在感が遠ざかっていく。

 どうやら難を逃れたようだ。

 その代わり別の音が近づいてくる。


 ひたひたひたひた、ぴたぴたぴたぴた。

 これは良くない。

 某邪神にかぶれた結果、半魚人っぽくなった連中ふかきものどもの足音だ。


 奴らは水場があると増殖する。

 しかも密教系の呪文や経典が効かないから退治に金がかかるし面倒くさい。

 今度役所に苦情を入れておこう。

 水辺の清掃作業がなっていないと。


 幸い奴らの歩行速度は遅い。

 真面目にまっすぐ歩けば追いつかれる事はないだろう。


 無事家の結界内に到着。

 除垢の呪文を唱えた後、玄関を開けて家の中へ。

 うん、今回も特に何事も起こらなかった。

 それでは買ってきた弁当やカップラーメンを食べるとしよう。


 それにしてもコンビニで払った二千円が痛い。

 魔物より百鬼夜行よりよっぽどタチが悪いだろうこれは。

 最低時給は二千円になったけれど、税金年金保険その他で手取りは六百円にしかならない。

 つまり手取り二千円稼ぐには三時間ちょい働く必要がある訳で……


 この税金の高さと物価高こそまさに末法MAPPOだ、まったく。

 とりあえず今度、お安いスーパーで袋麺を大量購入しておこう。

 でもお安いスーパーも最近は値段が上がっているんだよな。

 今は何処が一番安いだろう。


 俺はそんな事を考えつつ、カップラーメンを作るべくお湯を沸かしに台所へと向かうのだった。

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なんでもない夜のお買い物 於田縫紀 @otanuki

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