人形系だと思っていたら今話題の歌手で情緒をぐちゃぐちゃにされた話
肥前ロンズ
KAC20233 ぐちゃぐちゃ
クラスメイトに、人形みたいに顔が強張った子がいる。名前は三井さん。
誰か呼んだのか綾○系。他にも、「まだ心が芽生えていないロボット」「顔面永久凍土」など、さまざまなあだ名がついている。
口数も多い方じゃなく、何かに秀でている印象も薄い。かと言ってクラスから浮いているわけでもなく、友達二人とよく話している。無表情であること以外は、特に目立ったところがない。そんな子だった。
そんな子が、今、公園にあるステージで、めっちゃ歌っている。
ドラムとギターとキーボードに挟まれて、アイドルの制服のようなものを着て歌っている。しかしそれ以上に驚いたのは――声量。
マイク越しに伝わる振動は、空気だけでなく、地面、壁、天井、そして人間の体すら揺らしていた。低くて、太くて、高くて、鋭くて――多様に変化する音程を、一つの声で行っている。
顔の半分も開けているのではないかと思う口。そこから発せられるパワフルな歌声に、俺の情緒がぐちゃぐちゃになった。
■
いわゆる、「ギャップ萌え」というやつなのかもしれない。
けれど、俺はあれからあの子が歌う歌を全部ダウンロードし、朝から夜までリピートしていた。これがいわゆる推しってやつなのか。
ジャンルはロック。軽快なテンポに、人の心を包むような優しい歌詞が乗せられてる。それがまた、あの子のパワフルな歌声とマッチしていた。
あの無表情の子が、こんなにも感情を揺さぶる歌声を出せたのか。たまたま行ったお祭りでまさか、クラスメイトが歌っている姿を見つけるなんて。
どうもインディーズバンドというやつらしく、地域密着型でありながらも、インターネットにも曲をあげているため、徐々に知名度をあげているらしい。そちらは顔出しなしで上げているようだ。
その有名人が、クラスメイトにいる!
あー、この感動を本人に告げたい!
そう思って、声をかけようとした時。
「昨日ライブ聞いたぜー、三井。歌上手いんだな」
クラスの陽キャの一人が、声をかける。すると、陽キャの発言を聞きつけて、他のクラスメイトたちが駆けつけた。
「え、三井さん歌うまいの!?」
「バンド組んでるらしいぜ。CDも出てた」
「Yo○ Tubeにも上がってるらしいよ」
「えー、聞く聞く!」
「今度一緒にカラオケ行こ!」
……あっという間に囲まれてしまい、声をかけるタイミングを失ってしまった。
結局、今日は一日中三井さんの話題で持ち切りだった。
なんだろう、この「俺だけが知っておきたかった」気持ち。いやなんだこれ。初期から応援していた古参ファンみたいな独占欲。俺も昨日知ったばかりのにわかなんだけど。
それに三井さんを応援するなら、知名度はたくさんあるべきなんだし……。
もやもやとした気持ちを処理しようと思い、またもやもやし始める。今日は一日中そんな感じで、いよいよ放課後になったとき、たまたま三井さんと二人きりになった。
下駄箱の前だった。ぱち、と目が合う。
相変わらず、三井さんは無表情だった。
「や、やあ……今日は人気者だったね」
俺がそう言うと、違う、と三井さんは言う。
「皆物珍しいだけ。すぐ飽きるよ」
その声があまりに凍えていて、俺は戸惑った。あのパワフルな歌声と同じものとは思えない。心を閉ざした声だった。
「いや、そんなことは……」
「……歌を聞いてくれる、って言っても、多分聞いただけで、好きにはなってくれないと思う」
ぼそり、と呟いたその言葉が。
三井さんの本音を表していた。
ああきっと、今回のことは珍しくなくて、その度に同じことを経験したんだな、と理解して。
その声があまりに切なくて、
「そんなことない!」
俺は叫んでいた。
三井さんは、そこで表情を大きく変えた。驚いたのか、目を丸くしている。
「新曲の『君の声をききたい』、すごくよかった! 優しい歌詞で、三井さんの歌声とすごくマッチしてた! 昨日の祭りで歌ってた歌もカッコよかったし……すごくよかった!」
あー、ぐちゃぐちゃだ。語彙力皆無か。
感動を伝えたいと思ってたのに、これじゃちっとも伝わらないだろう。きっと三井さんに信じてもらえない。
……そう、思ったのに。
人形みたいに顔が強張った子で有名な三井さんは、今にも蒸発しそうなぐらい顔を真っ赤にして、
「あ、……ありがとう」
か細い声でそう言った。
……あ、これ、ファンとか推しとか、別の意味で情緒をぐちゃぐちゃにされたかもしれない。
人形系だと思っていたら今話題の歌手で情緒をぐちゃぐちゃにされた話 肥前ロンズ @misora2222
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