第3章 血のニオイ
教室内は血に染まった。
いや、しかしその表現には少し語弊があった。
教室の正面側、つまり黒板側から徐々に迫り来る紅い空間が生まれていく。
血というにはそこまで赤黒くはなく、だが愛のような美しくキラキラとした色ではなかった。
異変はそれだけじゃない。
教室中のあらゆる物が変化していった。
机の木は朽ち、脚は錆び付いて、木目は顔のようなものが浮かんでいると錯覚してしまうほど不気味だった。
さっきまで自分が座っていた椅子は、肉の座面に人骨のフレームに変わっていた。
普通に趣味が悪すぎる。
あんなに綺麗だった黒板はチョークで滅茶苦茶に落書きがされていて、まるで子供が乱雑に筆を振るったような絵柄をしていた。後ろも同様。
よく見るとその落書きは顔だった。
丸い頭部に3つの黒い穴、それだけだった。
右側にあったカレンダーの数字がランダムに、あるいは見たことも無いような字で表示されていた。
左側にある掲示板に貼られた紙は、小学生が書いた似顔絵や、印刷された男女の写真は、さっきまではそんなケタケタと不気味な笑い方はしていなかった。
窓側のカーテンはビリビリに破け使い物にはならない。
窓の外側はすべて真っ赤に染まり、見えるはずの建物や空の雲などは見えなかった。
いや、もしかしたら無いのかもしれない。
稼働していた冷房は、働いている証拠であるあの音がまったく聞こえなかった。しかし、室内はもっと寒く感じるようになった気がする。
廊下側にある十人十色の初歩社会の象徴であるロッカーは全てが紅く染っている。
いや、全て肉や赤黒い血に変わっていた。
「えっ……なに…これ」
刹那の出来事に驚愕と恐怖に戸惑う私。
だが既視感があった。
それは昨日の夜に見て今日の朝に飛び起きた原因である……あの悪夢。
正しくあの悪夢と同じ現象が、現実世界で起きたのだ。
そして聞こえる。
「はぁ…やっぱり居ましたか」
呆れに案の定という感情を含んだ溜め息が。
その声の主はやっぱり
「とりあえず話は後にします。あなたは…
そんな言葉を冷淡に呟く。
そして私は気付く。
彼女…
「あ、あ…れ」
震える指を動かし弱々しく腕を前へ伸ばしあれを指し示す。
不意に零れた私の言葉と動作で、
あのドロドロは動いていた。
自由落下ではなくちゃんと意志を持ったかのような動作で、あの血肉達は動いていたのだ。
その血肉は集まり始めている。
1匹の魚が大勢の魚達と群れることによって、まるで巨大な魚が泳いでいるかのように錯覚させる。
あの血肉達はまさにそんな感じだった。
血肉達はひとつひとつが自我を持ったかのような動きで集まりだし、ある形を作っていく。
しかし、それがなんなのかはまだ分からなかった。
床から徐々に上へと2本の細く赤黒い棒が伸び机より少し上ぐらいの位置からその棒は太く幅のある1本へ、徐々に徐々に伸びていき黒板のてっぺんの高さまで上るとその棒は左右で別れ今度は床へと伸びてゆく。
完成間際になって、それがなんなのか私は勘づいてしまった。
2本の細い棒から1本の太く幅のある棒との境目は腰に当たり、その左右には現在進行形で造形を終えたそれは5本の指。
太く幅のある棒は胴体、そしてその頂点に壺をひっくり返した形をした肉塊は頭だ。顔に3つの深淵。
その姿、それは人だった。
ドロドロの血肉は集まり肉塊へと変わり、皮膚に変わった。
正しく人間の姿だ。
だが、その造形は完璧ではない。
皮膚と思しきものに、肉が混ざったただの紛い物、人間のなり損ないの怪物だった。
「これは…ルームⅡぐらいですね」
そんな訳のわからないことを冷静に呟く
彼女はその肉塊と相対する。
仁王立ちで胸を張り右腕は左の腰に伸ばす。
その動作を目で追っていた私はあることに気づく。
彼女は日本刀を持っていた。
いつの間にか彼女の左腰には鞘に収まった刀をぶら下げていたのだ。
右腕を上げ拳は顔の前に、縦に刃を持ち上げ悠々と彼女はそれを抜刀する。
そして器用に机を避けながら刀身を床へ振り下ろした。
次の瞬間、その刀身は炎上した。
鞘から離れた刀身は文字通り蒼い炎を上げたのだ。
『縺薙%縺九i蜃コ縺ヲ縺?¢??シ?シ?シ?シ』
人型の肉塊はそんな言葉(?)をぶちまける。
鼓膜を劈く咆哮はその姿と同様、人ならざる言葉だった。
肉塊はおもむろに朽ちた机を持ち上げ、私たちに向かって投擲してきたのだ。
投擲された机は目で追える速さ、だが朽ちてはいれど重量はあり、当たれば打撲で済むが、最悪骨折は免れない。
私は恐怖で足がくすみ腰を抜かして床に尻もちをついていた。
このままだと
必然的に私を庇うような立ち位置にいるため、彼女に当たってしまう。
そう思えど彼女は危機を感じていないようだった。
避けようとはせずむしろ堂々と佇む
私は眼を瞑る。
視覚以外の感覚で感じる、風圧に閃光、そして破壊音が迸る。
何事かと私は現実と向き合った。
そこには、彼女が机を一刀両断している現実が映っていた。
──それが戦闘開始の合図だった。
ガシャガシャガッタンと転ぶ机だったものを横目に
しかし、たかが一般的な教室。
距離は直ぐに縮まり、間合いに刃が届く……はずだった。
『譚・繧九↑縺ゅ≠縺ゅ≠??シ?シ?シ?シ?シ』
突如肉塊は咆哮する。
その瞬間、教室は縦に伸びたのだ。
肉塊と
「……この空間内であの力…少し…危なかったかもしれませんね」
そう呟く彼女の顔には焦燥感が滲んでいた。肉塊との距離はテニスコートくらいと少し伸ばされた程度、それが肉塊の能力の限界なのかもしれない。
再び彼女は走り出す。
瞳孔に映るのはあの肉塊だけ。
その肉塊は初撃と同じく朽ちた机を彼女に目掛けて投擲する。
変わったことは肉と骨の椅子も投擲物に含まれた程度。
肉塊は動く気配がなかった。
動けないのかもしれない。
固定砲台と化した肉塊の下へ走る。
時には投擲物を切り伏せ、時には回避するその姿は、切断と同時に迸る蒼く燃える炎と輝く閃光はとても綺麗で、華麗なステップにひらりと優雅に身を翻す姿はまるで白鳥の羽がひらりと宙に舞うような、しかし彼女が身に着ける黒のセーラー服はさながら鴉のように知的のある動作に、漆黒のスカートを翻すその姿は、白と黒の掛け合いかとても儚く美しかった。
躍動感溢れる動きに肉塊は翻弄され、
……どうやらそこまで手間どう相手ではないようだった。
投擲を続ける肉塊に容易に近づき、彼女は右腕を曲げ拳を左首に回す。
構えを取った瞬間、蒼い炎は猛烈に勢いを増した。
距離は僅か数10センチの距離まで肉薄し、刃を横薙ぎに振り下ろしたのだ。
胴は真っ二つに、蒼い炎が燃え移り肉塊は炎上し、灰となり燃え尽きた。
──戦闘終了だ。
肉塊は灰へと朽ち、冥界へと堕ちたのだろう。
そう確信したその瞬間。
徐々に紅く禍々しい空間は元の教室へと戻り始めていた。
元いた物はそのままに、不自然のない見慣れたものに変わっていく。
だがしかし、肉塊に投擲された机や椅子は教室内に乱雑散りばめられたままだった。
第三者から見れば何かしらあったことは明白。
終始困惑する私。
彼女…
「……取り敢えず、片付けるの手伝ってくれませんか?先生が来てしまっては少々まずい状態なので」
と少し困り顔でそんなことを言った。
美しく整った彼女だからこそ、そんな表情も絵になると不意に思ってしまった。
四の五の言わずに私は
そこでひとつ気になることがあった。
彼女の左腰に下げていた日本刀は、一体どこへ行ったのだろうか?
空間怪異のセーラー少女 彩葉 楓🍁 @ilohautaamane
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