第2章 最悪の呼び出し

HRの1件があったおかげで、1日に2度の冷や汗を浴びることになったため、帰ったら速攻でお風呂に駆け込むことを密かに決意した私

じゃなくてそんなことは今はどうでも良くて!

があって現在顔面蒼白思考停止状態へと陥り今は6限目が終わったところ。

不安を抱えながら、場面は今日の学業の終わりを迎えるところだった。

担任が教卓の前に立ち明日の連絡事項を述べている最中だが、私の耳にはその言葉を異国の言語であるかのように聞き取ることが出来なかった。


その原因は……何故かあの白髪美少女転校生、霧崎きりさき 璃撫りなに放課後呼び出されたからだった。


………どうしてこうなった…?


──少し時間は遡る。


6限目真っ只中。時間の経過により朝の件からだいぶ回復していた頃。

授業内容は体育館でバレーだった。

運動はそこまで好きじゃない私は友達の茅寧かやねと一緒に隅で密かにサボっていた。

こういう時に友達がいると心強いよね。

「キャー!!明那あきないくんがんばてー!」

…その心強い友達は現在進行形で別クラスのイケメンにエールを送ってるけど。

しかも大音量で。

「ねぇ、茅寧かやねめっちゃうるさいんだけど」

「はぁあ!?仕方ないじゃん!あのイケメンが!滅多に授業に被らない組にいるイケメンの明那くんが!今目の前にいるんだよ!?応援するしかないじゃん!」

「あの子狙ってるから必死っていうのはわかるけどさ、アイドル会場でのないのに叫ぶのはマジでやめて。先生いないのをいいことにはしゃがないで。恥ずかしすぎる…」

体操座りで膝に顔を埋める私。

「ねぇ今あたしのこと見たよ!?こっち見たよね!!?」などとはしゃぐ心強い友達。

私と違って茅寧かやねは今日も絶好調でだった。

HRの件で混乱した脳はだいぶ落ち着いたが精神の疲労はまったく取れていなかった。

あと数分の辛抱。視線感じるし早く帰りたい…。

それからこの時間だけは茅寧かやねを他人であると脳を騙して数分後、6限目の終わりの鐘がなった。

解散直後に再び彼女の友達として茅寧かやねを探そうとしたが見当たらず、そういえば片付けの当番だったなと思い出し、仕方なく1人で教室へと向かった。

茅寧かやねがいなければぼっちである私は、クラスメイト達の背中を追う様に歩いてゆく。


友達は茅寧かやねだけ。

女は群れる生き物であるとよく言われるが、私はああいういざこざが嫌いだからあまり交友を広げなかった。

広げようとした時期はあったけど、気味悪がれて誰も近づいてこなかったっけ。

前を歩くクラスメイトのなかに、別クラスでイケメンと噂の明那あきないくんがいることに気づき、茅寧かやねがいたらうるさかっただろうなーと思い、ちょっと笑ってしまった。

それから廊下を歩いている途中、背後の足音を聞いた。

いつもは気にしない小さな靴音。

たがしかしなぜか、今は鮮明に聞き取れる。

意識してしまった。

気づけば前に歩いていたクラスメイト達は、いつの間にかいなくなっている。

不自然にシャットダウンされた環境音は、不安を駆り立てていた。

迫り来る足音。

禍々しく感じる気配。

背中に感じる刺すような視線。

私は緊張と共に肩唾を飲み込みながら後ろを振り返る。

視界に映るのは人の輪郭、それは白だった。

いや、純白の髪だった。

この高校とは違う体操服に身を包むその姿は、今日転校してきた美少女。

私の悪夢に出てきたあの謎の少女と同じ姿の…… 霧崎きりさき 璃撫りながそこに立っていた。


……


私は安堵の息と共に強ばっていた肩を落とした。

「あのー…どうかしましたか?」

私の声色は怪訝さを微塵も隠さず彼女にそんな言葉を発した。

「………」

彼女は何も答えない。

感情を読み取ることの出来ないポーカーフェイスに虚空を見つめているような瞳。

その瞳に写っているのは間違いなく私だ。

無感情に無表情、挙句の果てに声も出してくれない。

ただじーっと、その氷の美少女は私を見定めているような瞳に、だんだんと気まずくなってくる。

「あ、ああのー……」

「………ん…の」

小さな声で何かを呟く。

「えっ…っと…え?なに?」

聞き取れず戸惑う私、その刹那。

トッ…トッ…トッ…と。

なんと彼女は不振と感じるほどのおぼつかない足取りで私に近づいて来たのだ。

「えっ……!?あのちょっと!」

1歩、また1歩と近づく不審者転校生に私は同じく1歩、また1歩と後ずさる。

「……あな……ん…の」

何かを囁く彼女。

少しずつ声が聞き取れるようになる。

それと比例して、彼女の歩幅も長くなった。

雫が落ちたような静けさのある音から、重量級のものが落下したのではないかと錯覚するほどの足音で迫り来る。

何が何だか訳が分からずあたふたして、気が付いたら私は壁に追い詰められてしまった。

手を曲げただけで触れてしまいそうな距離まで近づかれ思わず目を瞑り……


───ドンッ!!


と鋭い音が私の耳元で響いた。

若干の耳鳴りに顔を顰め、恐る恐る私は目を開く。

目と鼻の先に、息が掛かるほど近くにいた不審者転校生兼白髪美少女は私に、


──壁ドンをしていたのだ。


「……え?」

呆けた声が私の口から零れ落ちる。

近くで見た彼女の顔は妬むほどに…やっぱり美しかった。

左耳のすぐ側に置かれた彼女の腕は乳白色に、血の巡りなど一切感じさせない程の美しく輝く真珠のような肌に、ほんとに人なのか?とそんな言葉が脳裏に過ぎるほど間近で見る彼女は…霧崎きりさき 璃撫りなという謎の転校生は綺麗だったのだ。

そんな感想とは裏腹に、彼女の瞳は…不安や恐怖を孕んだ眼を私に向けていた。

しかしその事実に気付いたのは、彼女から発せられたある言葉を聞いた後だった。


「あなたはなんなの?」


「えっ…とっ…」

「あなたはなんなの?答えて!!」

さっきまでのポーカーフェイスが嘘のような感情をさらけ出した彼女は正しく迫真だった。

そんな言葉を繰り返す彼女の姿は正気を保っているとは到底思えない。

「あの…落ち着いてください」

「なんであなたはそんなものを持ってるの?なんであなたはそんな眼をしたの?あの眼はアイツの…あの禍々しい…あの気配…なんであなたなんでなんでなんでなんで……」

今の彼女はまともじゃなかった。

「と、とりあえずおちつ…チっ…んもぅ…」

埒が明かないと諦め、恐怖をとにかく押し殺し、彼女に私を見てもらうため(若干苛立ちを含んだ声で)試しに

「ねぇ!!!」

と叫んでみた。

すると彼女は目に見えるように、というか実際にハッっと息を吸い込むような音を出し、瞳孔は開いていた。

……こんな典型的な正気の取り戻し方初めて見た。

「えっと……だいじょうぶ?」

「………」

「ごっごめんね?…急に叫んじゃって」

なぜ私が謝るのか。

彼女は

「…ごめんなさい。少し…取り乱しました」

あの迫真の表情は消え去り、冷静を取り戻す。

あれのどこが少しなのか。

そんなツッコミはゴクリと飲み込んだ。

「………」

そして黙る。

全く何がしたいのかほんとうに分からない。

夜の時とは違う恐怖が湧きそうだった。

「あの…もういい?」

「………」

なにも言わないのでそろーりとスライドしていく私。

そそくさと逃げようとする私に、

「ちょっと待ってください」

そんな言葉を背中に浴びた。

その声の主はもちろんさっきの転校生やばい人

渋々と振り返る。

距離を取ったと思っていたが、結構近くに彼女はいた。

いや、距離は取ったが足音を殺しながらその位置まで近づいてきただけだった。

怖すぎるよこの娘。

無言を貫こうとした私。

だが彼女は私に

「放課後、教室で待っていてくれませんか?」

そんな言葉の言い終わりに、恐怖を払う様な優しく愛嬌のある笑顔で彼女は私の脇を通り過ぎていった。


……いや、めちゃくちゃ怖いんだけど。



──そして、私は今クラスメイト達が教室を去って行くのを待っているところだ。

有無を言わさぬあのに、冷や汗びしょびしょ状態になった私は帰ったらお風呂に……って何回決意してるんだ私は。

もう絶対に風呂に入ってやるからな。

席を立たず微動だにしない私に、友達の茅寧かやねが怪訝な声色を孕みながら「一緒にかえろー?」と誘ってきたがもちろん断った。

どさくさに紛れ帰りたかったけど視線を感じて首を縦に振れなかった。

めっちゃ監視されてる……もうやだ…かえりたい…。


数十分後。

長く教室で駄弁るイツメンクラスメイト達に感謝の気持ちと地獄への各駅停車行き切符を同時に貰って瞳のハイライトを無くした私は、

…なんで止まるんだよ!

直球で地獄に送ってよ!!

私を楽しにしてよ!!!

この待ち時間がすごく辛いんだよ!!!

と、そんな訳の分からないことを心の中で呟きながら、とりあえずすぐ帰らないクラメイのイツメンには呪詛を振り撒いておこうと心に誓った。

それからクラでイツで駄弁る人達も教室を出て行き、中は私と彼女だけになった。

授業でいつも使われている黒板はムラなく綺麗に黒板消しで磨かれていて、黒板消しは橋に纏められていた。

右にカレンダー、左に掲示板にお知らせの紙などが画鋲で止められている。

約30人が入るこの教室に、等間隔で並ぶ各々独立した机達に、フローリングは木で出来て隙間には良く埃が溜まっていたりと。

窓付近のカーテンは橋に束ねたまま。

冷房の効いた教室内に窓から伝わる日光の熱は無力だった。

廊下側のロッカーにはクラスメイト達が各々荷物を置き、馬鹿正直に整理整頓するものや乱雑に書類や教科書などを置いて溢れかえっているもの、十人十色溢れる学校という名の初歩社会の象徴のようなそれに、私は後者の人間にドン引きしている。

後ろの黒板には何が書いてあったかなと思い振り返る過程で、脳の片隅に追いやって完全に忘れていた彼女と目が合い何回目か分からない冷や汗を浴びることになった。

あー……どうしよ。

静寂に完全に包まれたこの教室で、気まずさが頂点へと登りそうになったその刹那。

彼女…霧崎きりさき 璃撫りなは自分の席を立ち一目散に私の下へと近づいてきた。

反射的に、防衛本能的に私もガタンッ!っと席を立つ。

対面。彼女の口は動き出す。

その刹那。


──

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